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大征編24

 数多の戦船に乗り、上流から大河を下ってソナンの首都を目指す魔法帝国アーク・ルーンの第十三軍団の進軍はゆったりしたものであった。


 慎重に軍を進めるアーシェアは、ソナン軍への警戒もあるが、それ以上に戦船の運用に慣れるのに時をかけているからである。


 軍団長のアーシェアを初め、第十三軍団の将兵は旧七竜連合の者、内陸部出身者で占められており、船戦の経験のある者など皆無に等しい。


 かつて、ジキンは不慣れな船戦でソナンに挑み、大敗した。ただ、その際、ジキン兵は意外にも船酔いで苦しむ者はほとんどいなかったという。


 船酔いの原因、船体の揺れに対して、騎馬民族であったジキンは騎乗の際の激しい揺れに慣れているので、船の揺れに特に苦としなかったのである。


 アーシェア自身、軍馬よりも激しく躍動するドラゴンの背にあるので、平然と船上に立っている。騎兵たちもそれは同様だ。


 だが、歩兵らはそうはいかない。実に二万人以上が船酔いに苦しんでいる。


 一応、彼らの乗船は鎖でつながれ、揺れが小さくすむようにしているのだが、回復や船に慣れるのに日数を必要とするだろう。


 それでも彼らはいずれ体調が戻り、船に慣れれば、戦線に復帰できる。しかし、ソナンに至るまでに命を落とした十騎以上の竜騎士には、もう功名を立てることができない。


 第十三軍団の有する竜騎士は二十騎を切っている。ただ、それは第十三軍団がソナンに至るまでに、十騎以上の竜騎士を失うほどの苦戦をしたわけではない。


 タイトガ以東の進軍中、命を失った竜騎士は皆、軍規違反での処罰、味方の手で討たれたのだ。


 タイトガからソナンに至るまで、第十三軍団の進軍路にあったのは、小さく貧しい山国ばかり。それらの山国はアーク・ルーンの大軍を前にすると、抵抗らしい抵抗をせずに降り、本来なら第十三軍団の進軍に問題ないものとなるはずであった。


 にも関わらず、第十三軍団が東方方面軍の中で他の二軍団に遅れを取った理由は二つ。


 第十三軍団は山々を切り開きながら進まねばならないという、地理的な問題はあった。


 しかし、難路を進む途上、処罰された竜騎士らが問題が起こしたのも、遅滞の理由の一つである。


 処罰された竜騎士たちの罪状は全て同じで、掠奪・暴行を咎められてのもの。


 アーク・ルーンは軍略の一環として、私掠行為を行うことがある。マヴァル、タイトガでは、竜騎士による私掠を行った。しかし、基本的に掠奪・暴行をアーク・ルーンの軍規で禁じられている。


 無論、戦場のことならば、この基本条項外とされている。もちろん、ヅガートのように戦場といえども、掠奪はともかく、捕虜を大量虐殺すれば、罪に問われる。サムの戦場以外の掠奪行為も、本来なら重罪だ。


 ただ、この二将は功で罪が相殺される形で、軍規違反を黙認されている。しかし、ヅガートやサムのような功労者以外が掠奪・暴行行為を行えば、当たり前ながら処罰される。


 祖国が健在なりし頃、竜騎士は王族・貴族に相応しい待遇を受けて暮らしていたが、それは過去のこと。アーク・ルーンはドラゴンのエサ代以外は、竜騎士に下士官と同じ待遇と給金を与えなかったが、そんなもので昔のような暮らしが維持できるものではない。


 アーク・ルーンに降った王侯貴族の多くが、いちじるしく下がった待遇に適応できず、没落していく中、竜騎士だけがそれなりの贅沢を維持できたのは、私掠行為で生活費を補填できたからである。


 それゆえ、軍から私掠行為を命じられねば、竜騎士とその家族の優雅な生活は、あっさりと破綻する。


 マヴァルやタイトガで覚えた蜜の味を忘れられない竜騎士が、

我慢しきれずに軍規違反を犯し、彼らは当たり前のように処刑され、結果、その家族は皆、路頭に迷わずにすんだ。


 全員、命と財産を没収されたがゆえ。


 もっとも、竜騎士とその家族を殺して、アーシェアの仕事は終わりではない。掠奪や暴行にあった者への謝罪と補償はもちろんのこと、現地におけるアーク・ルーンの信頼回復にも努めねばならず、こうしたバカな味方の尻ぬぐいによって、他の二軍団に遅れを取りながらも、ソナンの西の国境を突破した。


「いっそ、反逆罪でもでっち上げて、皆殺しにしてやろうか」


 かつての同胞が困窮を訴える声に耳を貸すどころか、バカな味方に苦労させられたアーシェアは、半ば本気でそう考えたものだ。


 ただ、ムカついたという理由で、アーシェアはソナン攻略に際しても、竜騎士らに私掠行為を許さなかったわけではない。


 ソナン攻略には大量の戦船は不可欠。それだけの戦船を用意するには、現地の協力も不可欠。そのためにも、反感を買う軍事行動は慎むべきとアーシェアは判断したのだ。


 竜騎士らの反感と困窮を考慮せぬアーシェアの軍略は、ソナン西部一帯を征した後、こうして大量の戦船を用意でき、東進できているのだから、誤ったものではなかった。


 また、己の軍略がうまくいったアーシェアだが、決して慢心していたわけではなく、当人は警戒を怠ることはなかった。


 しかし、アーシェアを含めて第十三軍団の面々は、やはり船戦の経験が乏しかったのだろう。


 水中に張り巡らされた鎖に先頭集団が引っかかり、見事に罠にかかって混乱を起こしたアーク・ルーン軍は、支流をさかのぼって現れたソナン水軍の横撃を受けたのだから。





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