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大征編23

 東端三大国の内、カセンとジキンはすでに滅びた。


 第十二軍団はカセンの策略に乗り、首都の手前で約二十三万もの大軍と激突した。


 二倍以上の敵軍と相対したのは、起伏の乏しい半砂漠の平地。山岳戦を得意とする第十二軍団にとっては地の利は薄い。むしろ、数の多い方が有利な地形である。


 そこでリムディーヌ率いる第十二軍団は無策で二倍以上のカセン軍と真っ向からぶつかった。


 策を必要とする敵ではなかったからだ。


 カセンの王は酒色にふけり、国政をかえりみず、民を重税と労役で苦しめる、どうしようもない暗君であった。すでに民心は離れ、兵の士気も乏しい。


 暗君のために命がけで戦うカセン兵は少なく、半分以下のアーク・ルーン軍と激突したカセン軍は、最初から押されに押され、劣勢になるやあっさりと崩れ、敗走した。敗走の際、カセン兵の約八割が王のいる首都に逃げ込まず、方々に逃げ散ったのだから、カセン王の人望がどれほど低いかわかるというもの。


 予想外の敗北にカセン王は慌てて首都の守りを固め、籠城でアーク・ルーン軍の攻勢をしのごうとした。リムディーヌは首都を包囲したが、強引な力攻めは避けた。敗北を予想していなかったカセンの首都に充分な兵糧の用意がなく、兵糧攻めで大した時を必要とせずに落ちるのがわかったからだ。


 暗君のために駆けつける将も兵も少なく、それどころかカセン王は城内の将兵の一部に見限られ、捕らわれてアーク・ルーンに突き出され、カセンの首都は二十日程度の包囲で陥落した。


 リムディーヌの元に引き立てられ、見苦しく命乞いするカセン王は、呆れ果てた女将軍に言われるままに降伏文書にサインし、積極的にカセン最期の王として生き残れるように努めた。


 カセンの各所で侵略者に徹底抗戦の構えを見せる将兵もいなくはなかったが、全体からすればさほどの数ではない。それだけ暗君の圧政でカセンの人心は荒廃していたのだ。


 だから、第十二軍団は比較的に容易くカセンを滅亡させ、その占領地政策も順調である。


 そのカセンよりいくらか長く国を保ったものの、ジキンも第五軍団、正確にはその策略で自壊へと追い込まれる。


 シダンスの策はうまくいき、ジキンの南部は一致団結してアーク・ルーン軍に抗するどころか、アーク・ルーンに寝返る者が続出した。ジキンの最期の皇帝はアーク・ルーン軍の刃が迫るまでもなく、裏切り者たちの刃から逃れるために南部を転々とせねばならない状態にまで陥った。


 そして、裏切り者が増えるほど自国に身の置き所を失っていったジキンの皇帝は、最後には追い詰められてソナンへの亡命を計った矢先、ついに側近の裏切りにあって、スラックスの前に引き立てられたのである。


 同じ亡君であるが、ジキンの皇帝はカセン王のように命乞いはせず、勝者たるスラックスに己の命を自ら処すことを乞い、潔く自決してジキンはここに滅亡した。


 ここで本来なら驕兵の計にかけるべく、第五軍団は南下してソナン軍と戦い、わざと敗退する予定だったのだが、それは裏切り者らのせいで全てフイとなる。


 アーク・ルーン軍の思惑も計略も知らぬジキンの降兵は、新たな支配者に迎合するべく、勝手にソナン軍に襲いかかり、撃退してしまったのだ。


 まさか勝った降兵を罰するわけにはいかず、シダンスは策の内容と方針を変更することにした。


 この時、アーク・ルーンにとって幸いだったのは、ソナンの実権を握る人物、宰相ジドがコネで出世した男であったことだ。


 実の姉が美貌の持ち主で、その美貌がソナンの皇帝の目に止まって寵愛を受けるようになり、寝所での姉のおねだりでそれなりの官位につくことができた。


 ただし、まったく無能な男ではなかったので、姉の寵愛をきっかけに官吏となると、軍の綱紀粛正と経済政策で功績は挙げはした。もっとも、挙げた功績は姉のおかげで二、三倍に評価をされての出世であったが。


 アーク・ルーンにとって都合が良いことに、ソナンの実権を握る宰相が美術品のコレクターで私欲と権力欲が強く、大局的な視点に欠け、何よりも主な功績が軍の綱紀粛正、軍を叩きに叩いて得たものなため、武官と不仲であった点だ。


 ジキンからの助けを求める声を無視するどころか、逆にジキンを攻めて領土を奪うというソナンの方針は、宰相としてジドが画策したものである。


 当たり前ながら北に進めたソナン軍が敗退して、勝ち取った領土を失ったという結果は、ジドの失脚につながりかねないものであったが、ジドは宰相の地位と権力を保持することができた。それは寵姫である姉のおかげではなく、シダンスの変更案がジドを必要としたからだ。


 ジキンの首都を落とした際、皇宮にあった宝物、数多の芸術品もアーク・ルーンの手に落ちている。それをエサに使い、ソナンに有利な条件を用意すると、ジドはそれにあっさり飛びついた。


 敗退の責任を指揮していた将軍らに全て被せて処刑すると、シダンスが示した条件、勝ち取ったが奪い返された領土を返還されると、


「十万の兵を動かして得られなかったものを、口先ひとつで得たぞ」


 胸を張ってそう公言するジドは、さらに自分の外交手腕を大声で自画自賛する一方、アーク・ルーンとの密約はおくびにも出さなかった。


 この頃、ソナン西部の山岳地帯を征したアーシェアはその地にあった戦船をかき集める一方、現地の造船所をフル回転させ、十万の兵が乗って行けるだけの数を揃えるのに腐心している。


 シダンスは暗に第十三軍団、友軍の行動を阻害せぬことを条件として、コレクションが数十点と増えたジドは、西からもたらされる救援要請や悲鳴を黙殺した。


 ジキンとソナンの境には、河幅がキロ単位に及ぶ大河が流れている。これだけの大河を渡河するのは大変なことであり、そこに布陣するソナンの水軍は極めて強力なのだ。この大河と水軍によって、北からソナンを攻め、征するのはかなりの難事である。


 この大河の上流はソナン西部の山岳地帯の中にある。西の山岳地帯で充分な戦船さえ揃えられれば、大河を下って西からソナンを討つという戦略が可能となる。


 アーシェアはその戦略を実行せんと、手勢十万を乗せた大小二千隻を越す戦船に進発を命じた。


 ソナンの首都、この世界において百万以上の人口を有する、アーク・ルーンの帝都に次ぐ巨大都市を目指して。




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