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大征編22

 皇帝の自裁によって、ジキンは滅亡、しなかった。


 皇帝が死に首都が陥落した後、残るジキンの南部はアーク・ルーンに頭を垂れず、その地にいた皇族の一人が皇帝となり、抗戦

の構えを見せたからだ。


「このままでは、ソナン軍と戦うことになりかねませぬな」


 シダンスが苦笑するとおり、大陸東端は今、やや複雑な情勢にある。


 第五軍団に半年以上の遅れを取ったものの、第十二軍団はカセンに、第十三軍団はソナンにすでに攻め込んでいる。


 そして、第十二軍団の侵攻を受け、ジキンに攻め込んでいたカセン軍は占領地を放棄し、慌てて東へと引き返したが、第十三軍団に攻め込まれてもソナンの軍は引き上げることなく、今もジキン軍と戦っている。


 そのジキンはまだ南部で命脈を保っているが、残る国土と勢力を思えば悪あがきでしかない。


「ただ、このままでは、ジキンよりカセンの方が先に滅びるやも知れませんて」


 これもシダンスの苦笑するとおり、第十二軍団はカセンに攻め込んで以降、快進撃を続けてその首都にかなり迫っている。


 もっとも、これはカセンが首都に戦力を集結させているので、第十二軍団は手薄となっている守りを突破しているにすぎない。


 わざと首都近郊まで引きずり込み、そこに大兵力を叩きつける。第十二軍団の快進撃はカセンの策略に乗ってのものなのだ。


 ただ、それは待ち受けるカセンの大軍、罠を噛み破れば一気に決着となるという一面もある。その一戦に勝利すれば、カセンにはもう潔く終わるか、悪あがきするかの二択しか残らない。


 首都と兵の大半を失ったジキンの命運は、すでに決している。今のジキンは懸命に悪あがきにをして、イタズラに命数を伸ばしているだけだ。


 強攻策に出て、ジキンの命運に即座に断つという選択肢もあるが、シダンスは搦め手からジキンを終わらせる方策を進言し、スラックスはそれを是とした。


 ジキンの命運と悪あがきは誰の目にも明らかだ。また、首都を攻め落とした際、ジキンの重臣が幾人もアーク・ルーンに降っている。


 スラックスとシダンスはジキンの残存勢力に軍事的な圧力をかけつつ、降伏した重臣らの人脈を用いて内部崩壊するように仕向けている。この策は時間こそかかるが、強攻策よりも軍の損耗が少なくすむ。


 また利点はそれのみではない。ジキンの残存勢力が弱体化して攻め易くなるのは、ソナンも同様である。


 ソナンが弱体化したジキンを相手に目先の利益ばかりを追求すればするほど、攻め込んで来た第十三軍団への対応がおろそかになる。自軍の功績のみならず、友軍への配慮も視野に入れれば、強攻策は下策でしかないが、


「というても、最後は我が軍の一撃が必要でしょう。その時、ジキンは問題ではありませんが、その後、進出して来ているソナン軍との対応。ここが肝要と思うてください」


 シダンスがそう発言した会議の場には、スラックスや師団長たち、第五軍団の主だった者が皆、揃っている一方、遊牧民の族長や降伏した元ジキンの大臣、将軍は一人もいなかった。


 もはや終わりの見えているジキンは、弱ったところに一撃を加えればそれで終わるだろう。それだけなら秘する必要はないが、

ソナンの攻略を考えるなら一つ策を用いる必要があり、


「ジキンを降した後、ソナン軍と対決することになっても、ただ戦えば、ただ勝てば良いというわけではないのか?」


 師団長の一人の推察にシダンスは大きくうなずく。


 かつては天下無双とうたわれたが、今やその面影もないほど弱体化していたジキン軍と比べても、ソナン軍はさらに弱いのだ。ソナン軍と激突しても、アーク・ルーン軍が負けることはまず考えられない。


 事実、第十三軍団はソナン軍を相手に戦えば勝ち、攻めれば落とし、急速にソナン西部の山岳地帯を征しつつある。


「ソナン軍と対決した場合、わざと負けるということか? ソナンに驕兵の計にかけるということか?」


 別の師団長の推察にも、シダンスは大きくうなずく。


 驕兵の計とは、わざと敗北を重ね、敵軍を油断させ、そこを一挙に討つというものである。目先の利益しか見えていないソナン軍の行動を見れば、引っかかる公算は高い。


「ただ、補足させてもらえば、負けるのは我ら、勝つのは第十三軍団の役割と考えております」


 予想よりも大規模な驕兵の計の内容に、師団長らは目を見張り、次いで何人かが眉をしかめ、


「……どこまで負けるつもりなのだ?」


「必要があれば、ジキンの南部はくれてやりましょう。まあ、その前に密約を結んで引き下がってもらいますが」


「そこまでする必要があるのか?」


 シダンスの壮大な計略に、その師団長のみならず、他にも難色を示す者は何人もいるが、自分たちが負うリスクを思えば無理からぬ反応だろう。


 シダンスの策はそのスケールに見合うだけのメリットは確かにある。しかし、そのメリットは全て第十三軍団にもたらされ、リスクは全て第五軍団が引き受けるという内容なのだ。


 第五軍団の師団長らは、実りなく労だけの役割に不満があるわけではない。第十三軍団、友軍のために一時的に負けるふりをするだけなら、その役割に異を唱えることはなかったが、


「我らが負けたふりのつもりでも、世間はそうとらえまい。そうした侮りは、遊牧民やジキンの民の不平分子を活気づかせ、占領地政策に悪い影響が出るだろう」


 このような懸念があるからこそ、師団長らはシダンスの策に難色を見せているのだ。


 シダンスの策が実施され、その術中にはまったなら、第十三軍団のソナン攻略はたしかにうまくいくだろう。だが、その代わりに第五軍団のジキンの占領地政策がうまくいかなくなる。


「ソナン軍は今のジキン軍やカセン軍よりも弱い。そのソナン軍に勝ちながらも、かつて天下無双とうたわれたジキン軍は、なぜソナンの地を征することができなかったか。そのことを皆様方にはよく考えていただきたい」


 ソナンはジキン軍に攻められ、領土の北半分を失った歴史を持つ。しかし、それは軍事力で劣るソナンが南半分は保持できたということでもある。


 その要因は地図を見れば明らかで、ソナンの国土は河川や湖沼が多く、元は騎馬民族であり騎兵を主とするジキン軍は、その地形に阻まれてソナンを攻め滅ぼすことができなかった。


 加えて、ジキンとソナンでは水軍に大きな差があり、ジキン軍は船戦ではソナン軍に圧倒され続けた。


 アーク・ルーン軍は精強な軍隊ではあるが、強力な水軍を保有しているわけではない。むしろ、水軍は弱体と言える。


 この時点ではまだ少し先の話だが、ヅガートは南東の島国は相手に未経験な船戦をそつなくこなしているが、そんなマネは誰にでもできるものではない。そもそも、百人二百人が乗れる程度の船しか作れない南東の島国と、千人以上を収容できる巨船を有するソナンでは、水軍の規模も強さも次元が違う。


 そのソナンを相手に船戦の経験に乏しいアーク・ルーン軍が相手取るのだ。リスクはあろうと相応の策を用いねば、かつてのジキンの二の舞いになりかねない。


 シダンスの指摘された点をよくよく考えれば、師団長たちは貧乏くじを甘受するしかない。第五軍団の師団長一同は大きく嘆息しつつ、


「まっ、面従腹背のやからをあぶり出して先手を討つのは、将来的には悪い占領地政策ではないか」


 一人が自らを納得させるようにつぶやくと、他の師団長らは力ない笑みをもらして同意する。


 ともあれ、第五軍団は損な役回りを甘受した。


 ソナンを破滅させるために。


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