大征編20
ジキンの首都を目前にして、降兵を含めて三十万を数えたアーク・ルーン軍、スラックスの手勢は約二万の兵、遊牧民の戦士を失った。
というより、二万人の遊牧民が反乱を目論んだので、粛正したのである。
戦に勝つというのは良いことばかりではない。
アーク・ルーン軍の旗の下、当初はジキンへの積年の恨みを晴らし、恥辱をすすぐために戦っていた遊牧民の戦士らであったが、強大なジキン軍を勝ち続ける内に自らの力を過信し、増長していき、その驕慢は降伏したジキン兵を従えるようになると頂点に達し、
「ここまでくれば、ジキンを倒すのにアーク・ルーンの力はいらぬ。いや、ここでアーク・ルーンを追い払えば、ジキンの地は全て我らのものだ。アーク・ルーンは我らを従え、油断している。不意を打てば我らの勝利は間違いない」
遊牧民の中でそう考える者がおり、その考えは増長した遊牧民らに急速に広がっていった。
もし、遊牧民らが一致団結して決起し、降伏したジキン兵をうまく使い、目論見の通りに不意を打つことができれば、アーク・ルーン軍といえども敗北していたことだろう。
しかし、スラックスもシダンスも油断するどころか、遊牧民のこの動きと反心を読んでおり、充分に備えて待ち構えていた。
何よりも致命的だったのは、反乱を企て、水面下で進める内に、遊牧民の中で主導権争いが生じた点だ。
元々、遊牧民はジキンの政策で長年、いがみ合い、争っていた。それがアーク・ルーン軍が到来した際、各個撃破されて一つにまとめられたにすぎない。どこかの部族が抗争に勝ち抜いて全体をまとめたのなら、その部族が中心となって反旗をひるがえす
ことができたかも知れない。しかし、遊牧民のどの部族も互いを同格と考える状態で反旗をひるがえすとなれば、よほどうまく互いの利害を調整せねば、主導権を握ろうとした部族は他の部族の反発を招く。
「ええい、わからずや共め。まあ、いい。決起さえすれば、ヤツらも我らに続き、従うだろう」
血気に逸るいくつかの部族はアーク・ルーン軍に襲いかかるも、これを予期していたスラックスは彼らにしたたかな逆撃を加えつつ、
「皆の者、反乱者を討て」
この呼びかけに遊牧民に強い恨みを抱くジキンの降兵が即座に応じて武器を取った。すると、先走った同胞の失敗を悟った遊牧民の戦士らも、アーク・ルーン軍の側に加勢した。
二万の反乱軍、遊牧民の戦士はアーク・ルーン兵、ジキン兵、そして同胞、約十四倍の兵に攻め立てられ、あっさりと全滅したが、スラックスはそれでおしまいとしなかった。
反乱を起こした部族に属する者は、北の地にいる老若男女も同罪として皆殺しにし、根絶やしにして、完全にその血脈と歴史を絶った。
さらにスラックスは反乱に加わらず、同胞を殺した遊牧民もそのままとしなかったが、彼らの血を求めたわけではない。
「降伏したジキン兵の指揮を委ねていたが、今後は我々がその指揮を採る」
ジキンの降兵の指揮権を取り上げただけではなく、これ以降、遊牧民の戦士と降伏したジキン兵を同格として扱った。
この処遇に遊牧民は抗議しようとするより先に、
「先の反乱。他にも関与していた者がおるかも知れぬようですのう」
シダンスに心理的に先手を打たれ、遊牧民らは不満よりも畏怖が勝り、黙した。
反乱を目論んでいた点は、遊牧民全員、同罪である。その一部が暴発気味に決起して、二万人の罪が明らかになったことにすぎない。
後ろ暗いところがいくらでもあり、またアーク・ルーンの恐さを改めて思い知った遊牧民らは、皆殺しになった同胞の徹を踏まぬように心した。
一方、その遊牧民らに虐げられていたジキンの降兵は、その境遇を何とかしてくれたアーク・ルーンに感謝した。
こうして数こそ減ったが、統制を強くして全体の意識を締め直し、軍としての機能を高めたスラックスは、二十八万の兵をジキンの首都に差し向けず、まずその周辺都市の攻略に当てた。
首都に兵が集結しているので、その周辺都市を守る兵は大した数ではない。
スラックスは首都周辺の都市を落とすと、略奪こそ許したが、これまでのように民の殺傷を禁じた。ただ、殺しこそしないものの、制圧した都市の民を追い立て、首都に向かうように仕向けた。
そうして周辺都市の攻略を終えてから、スラックスはジキンの首都に向かった。そして、黙したジキンの降兵や遊牧民の戦士らを先頭に攻めたが、十万の兵が守る厚く硬い城壁を突破できず、第五軍団の攻囲は長期に及んだ。




