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大征編17

「ジキンが興るや、天下にこれより強きはなし。あれが天下無双のジキン軍か」


 馬上でジキン軍を遠望するスラックスは、これから戦う敵、攻め滅ぼすべき国の評を口にする。


 二路より進軍する東方方面軍の内、最初に東端の三大国の軍勢とぶつかることになったのは、北回りのルートを選んだスラックスの第五軍団であった。


 そして、東端の三大国の内、最も北に位置すると共に、最も広大な版図を有するジキンを、スラックスは最初の標的に選んだ。


 東端の三大国、ジキン、カセン、ソナンの合わせた領土は、旧マヴァル帝国の九倍にも及ぶ。ただ、その広大な領土の大半は、元々、ソナンのものであった。


 超大国で豊かなソナンであったが、代々、文官を優遇する政策を取っていたため、兵こそ多いものの軍事力そのものは低いという欠陥を有する。


 そのソナンから勇猛な遊牧民であったカセンは多くの土地、北西部一帯をほぼ奪い、一部族から一国を打ち建てた。


 さらに勇猛な騎馬民族であったジキンは、ソナンから北西部を除いた北半分を勝ち取り、領土が半減したソナン以上の大国になった。


 北回りのルートを取った第五軍団は、地理的にはジキンとカセン、どちらでも攻めることができた。単純な国力、軍事力を見ればカセンの方が攻め易い。しかし、政略、軍略の面から、副官であるシダンスの献策を容れ、スラックスはジキンを目指して兵を進めた。


 第五軍団の行軍路、ジキンの北に広がる草原に、いくつも遊牧民が暮らしているのは前述の通りだ。ただ、この遊牧民らを詳しく述べれば、彼らは遊牧民同士で争い、殺し合う暮らしを送っている。


 正確には、ジキンの政略と政策で、遊牧民同士が争い合うように仕向けられていた。


 遊牧民が一つにまとまれば、ジキンは北から脅威を受けることになる。ゆえに、遊牧民が一つにまとまらぬよう、互いに争わせて、北の安定を計ったのだ。


 遊牧民が相争う中で、ある部族が強くなればそれを弱めるように計り、別の部族が強くなったならそちらを弱まるように策を巡らす。


 この方策は一面的にはうまくいき、遊牧民はジキンの狙いどおりに分裂抗争に明け暮れ、ジキンに歯向かうことはなかった。たしかに遊牧民側はジキンの思惑を察したとしても、互いに争う状態では強大国のジキンに逆らいたくとも逆らえるものではない。


 ただ、他方で自国の都合で争わされた側、遊牧民はどの部族もジキンを恨んでいたところに、スラックスの率いる第五軍団が来襲した。


 分裂状態にあった遊牧民らはアーク・ルーン軍の敵ではなく、敗れてその軍門に下った。そうして従えた遊牧民らの歴史的背景に目をつけたシダンスは、


「我らはこれよりジキンを攻める。我らに従えば、汝らはジキンへの恨みを晴らせるぞ」


 こうして遊牧民らをただ従えるだけではなく、味方につけた上に、南のソナンの歴史的背景も利用せんと密使を走らせた。


 これも前述の通り、ソナンはジキンに国土の北半分を奪われている。さらにソナンが受けた国辱を詳しく述べれば、ジキンはその武力を背景にソナンとカセンに臣下の礼を取らせている。


 武力では劣るが国家としては先達たるソナンとカセンからすれば、新興のジキンに格下として扱われるのは、恥辱以外のなにものでもない。特にソナンは体面や格式を重んじる国なのだ。


 戦っても勝てないからイヤイヤ頭を下げていたソナンも、遊牧民らと同様、ジキンを深く恨んでいたので、


「我が軍が北から攻め、貴国が南から攻めれば、ジキンはひとたまりもありますまい。共に戦い、かつての恥をそそがれてはどうですかな?」


 この打診にソナンはあっさりと応じることはなかったが、だからといってシダンスの策が空振りとなったわけではない。


「こちらが何度か勝ち、ジキンが劣勢となれば、ソナンもカセンもこれ幸いと兵を進めるでしょう。ソナンには共闘の意思を示しておき、カセンには何も言わずにおく。これで布石は充分ですて」


 カセンはジキンとソナンが戦っていた頃、その混乱に乗じて兵を用い、ソナンから領土を奪っている。その歴史的背景も踏まえて、ジキンと戦う環境をシダンスが整えてから、スラックスは兵をジキンへと進めたのだ。


 怒りと憎しみに猛る遊牧民の戦士らを先陣として。



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