大征編13
南東方面に侵攻する魔法帝国アーク・ルーンの第九、第十、第十一軍団はかつてないほどの窮地にあった。
この方面には小国が乱立し、どの国も数万の兵しか有していない。対して、アーク・ルーン帝国の南東方面軍は、各軍団十万、計約三十万を数える。
無論、戦は数ではないが、アーク・ルーン帝国に数を頼みとするだけの愚将はそんなにいない。少なくとも、南東方面軍には一人としておらず、第九軍団長フィアナート、第十軍団長ロストゥル、第十一軍団長ヅガートは、十万の兵馬を手足のように扱い、進軍路にある国々の軍勢を次々と蹴散らし、連戦連勝のまま窮地に陥った。
南東の国々が大同団結して、百万の軍勢を揃えようが、フィアナート、ロストゥル、ヅガートならば三十万でそれに対抗するのは困難なことではない。
南東の国々が壮大な計略を用意していて、勝ち進んだ先にあった大規模な罠にはまったわけでもない。
南東方面軍は順調に進軍を重ねるほど、気温と湿気の高い方に方にと進み、暑熱に体調を崩すアーク・ルーン兵が出たからだ。
当初は兵の一部という程度だったため、他の兵がフォローしながら進み、戦い、勝っていたが、それも熱中症で倒れる兵が続出すると、さすがに無闇に進軍するのは自殺行為でしかない。
老齢なロストゥルのみならず、まだ若いフィアナート、クロックまで体調を崩すと、三個軍団の主だった者が軍事行動を停止して兵馬を休養すべしと考えたが、
「全員で足を止める必要はない。倒れた兵は涼しい場所で休ませる。それなりに元気で動ける兵はその守りに残す。だが、千でも二千でも、オレみたいに元気ビンビンな兵がいるなら、オレがそいつらを率いて、戦って来てやる」
ヅガート自身を含めて、地元民でも暑さに倒れる環境にも疲れの色を見せぬ兵もいる。
涼しい場所に留まり、兵の体力と体調の回復を計るだけでは、南東の国々に息を吹き返す時を与えることになりかねない。それに一部なりとも軍事行動を継続させねば、これまでの快進撃で得た成果と勢いを失うことも有りうる。
最終的にはヅガートの案が採用され、第九、第十、第十一軍団は特別編成の末、頑健な兵三万を選別した。
回復するまでの間、ラティエの統制下、ロストゥル、フィアナート、クロックは二十七万の兵と涼しい場所に移動して休む。
そして、ヅガートはザゴンを副官とし、三万の兵を統率して、アーク・ルーンに頭を垂れぬ国々への侵攻を再開する。
余談だが、どれだけ多くの敵を殺しても、良心にかゆみも覚えぬ点は同じヅガートとザゴンだが、意外にこの両者はウマが合わない。
敵を殺すに際して、ヅガートはどれだけの儲けが出るかを第一に考えるが、ザゴンは敵というより、人を殺す際に何よりも考えるのは、どうすれば楽しめるか、だ。
極論すれば、ヅガートは敵兵は身ぐるみをはいで戦えなくすれば良く、身代金をせしめるか売り払う当てがあれば、捕虜にして損になるような殺しは避ける。よほど虫の居所が悪くなければ、無益な虐殺をすることはない。
ザゴンのように戦いと殺しに快楽を求め、手間暇をかけて敵兵をいたぶる行為は、ヅガートにはどうにも理解できなかったが、別段、両者はウマが合わないだけで険悪なわけではないのだ。
ヅガートと元来の副官であるクロックは真面目な忠義者、ザゴンの本来の上官であるフィアナートはヅガートに近いビジネスライクな考えの持ち主で、共に価値観が異なるのだが、不思議と良好な関係を築いているものの、これはそう奇異なことでもない。
価値観が近い者同士でも気の合わないこともあれば、価値観が異なる者同士であっても意気投合することもある。
無論、ヅガートもザゴンも仕事と戦場でそりが合わないからという理由で支障を来すような愚か者ではない。
ヅガートとザゴンは割り切って協力し、三万の兵を巧みに運用して、進めば勝ち、攻めれば落とし、南東の国々を一つまた一つと滅ぼし、屈伏させていたくと、アーク・ルーン軍の前に暑熱に続く大敵が出現した。
海である。
南東方面の陸地を征すると、ヅガートらの残す獲物は近海の島国のみとなった。
いくつかの島々を制圧すれば、南東方面軍の軍事行動は完遂する。さして大きくない島々には小さな国が乱立しているのみ。三万の兵で攻めれば、どの国、そして島も征服するのは難しくはない。
ただし、攻めることができればだ。
魔法帝国アーク・ルーンの主力兵器たる魔道戦艦はその名に反して水に浮かばない。なので、ヅガートとザゴンは三万人が乗れるだけの戦船をかき集めたが、実はヅガートもザゴンも船戦の経験がない。
それでも戦船に兵を乗せ、ヅガートは手近な島国を攻めようとしたが、その前に一万もの兵が船酔いに倒れた。
しかし、船酔いに苦しむ一万は三千の兵に守らせて休ませ、ヅガートは一万七千の兵で島国を攻め、経験がない船戦にも関わらず、勝利を積み上げていき、一つまた一つと滅ぼしていった。
そうした情勢の中、アーク・ルーン帝国に更なる不運が二つも生じた。
一つは、日頃からいさかいの絶えぬ残る島国が同盟を組み、侵略者に対抗しようとしたこと。
もう一つは、南東方面軍にとって最後の一大決戦を前に、指揮官たるヅガートが再び病で倒れたこと。




