大征編12
「子息は養子に出すのが一番でしょう。もちろん、フレオール様が親とわからぬように手配して、ですが」
トイラックの提案に、フレオールは憮然となり、また内容が内容ゆえに即座に首肯できるものではなかった。
ゾランガの復讐は運も味方したこともあり、最高の終幕を迎えた。
何しろ、そのフィナーレを飾ったシィルエールはこれ以上ないほどの苦悩を味わい、その苦悩から逃れるために自決を選び、終わったのだから。
フレオールの献身もあって、シィルエールは精神的に立ち直りかけていた。それはフレオールの想いが通じていたからだが、それゆえにその想いを裏切るマネをすれば、シィルエールは大いに苦しむとゾランガは考え、彼女が最高の背徳を犯すように仕向けた。
この時のために生かしておいたサクリファーンの命を盾に、まだいくらか残る心の弱い部分を突き、兄妹で交わらさせた。
シィルエールにとって最悪のタイミングだったのは、その後に妊娠したことだ。
確率的にらフレオールの子であるだろう。しかし、兄との子である可能性も皆無ではない。
ゾランガの復讐に天はさらにえこひいきしたのか、シィルエールが最も辛い時期にフレオールが側にいられぬように戦局が動いてしまい、側にフレオールがいなかったためにシィルエールは無垢な命を前に自らの命を絶った。
もっとも、フレオールが側にいて自殺を阻止できたとしても、シィルエールは罪の意識に苛まれるだけだっただろうが。
フレオールが思いやる心が大きかったがゆえ、シィルエールは大いなる苦しみを味わうこととなった。自らの愛情を逆用したゾランガへの憤りは今もおさまらぬが、同時に今のゾランガと同様、フレオールも現実というものに気づいている。
何をどうしたところで、シィルエールは生き返らない。それどころか、彼女の死後もついて回る醜聞にすら打つ手がない。それはゾランガを殺したところで変わることはない。
それに家族の墓前に立った後のゾランガは、
「今にして思えば、フリカ王家の方々には少しやりすぎたかも知れない」
多少は後悔もして、死者をどうすることもできないが、路地裏で辛うじて生きていた、シィルエールの妹、サリーアを保護した。
劣悪な環境に置かれていたサリーアは、正気を失っているのみならず、もはや余命いくばくもない状態となっていて、助かる見込みも回復する見込みもない。
しかし、同じ死ぬにしても、浮浪者らの相手をしながら最期を迎えるより、生まれ育ったフリカ王宮の一室で静かに息を引き取る方がマシなはずだ。
だが、反省したゾランガの救済処置はそれのみなので、トイラックはフレオールに我が子を養子に出すように勧めているのである。
ゾランガがいかに反省や後悔しても、シィルエールを苦しめるために蒔いたタネはすでに花を咲かせ、流言という花粉を方々に撒いている。
人の口に戸を立てることはできないから、一度、発生した流言や風聞はその仕掛け人たるゾランガでもどうすることもできない。フレオールが我が子をどのように育てようと、その子は父親が誰か確信できず、近親相姦で生まれたのではないかという疑念に苦しむことになるだろう。
それを避けるには、トイラックの提案するとおり、子供を父親の元から離し、母親が誰かわからぬように育てるしかない。
「シィルがあんなことになって、その忘れ形見もオレは守ってやることもできないのか」
「守ってあげられると思うなら、私の提案を蹴ってもらってかまいません。ただ、私が申し上げられるのは、その子が自らの出生を知った時のことを考慮してくださいということのみてす」
フレオールも最善でなくとも、トイラックの提案がベターなのはわかっている。だが、わかっていても、カンタンにうなずけるわけもない。
いかなる理由をつけようと、我が子を捨てるも同然の提案などに。
しかし、いかに考えようが悩もうが、我が子を将来を思えば答えなど一つしかなく、
「……ゴホッゴホッゴホッ」
不意にトイラックが激しく咳き込んだので、フレオールは自らの決断を告げる機会を逸してしまう。




