大征編11
二年前なら、フレオールとネドイルの実力差はそれほどのものではなかった。
無論、一対一では敵わないが、二年前ならば、フレオールに加え、ミリアーナやフォーリスの三人がかりなら、ネドイル一人では敵わなかったが、今は違う。
アーシェアの報告を受け、剣を手に旧フリカ王宮に赴いたネドイルは、辛うじてゾランガに突き出された真紅の魔槍を防ぎ、凶行に走ろうとした異母弟と、それを助けようとした愛人二名を剣一本で一方的に叩きのめした。
駆けつけたネドイルによって、執務室の床にフレオール、ミリアーナ、フォーリスが転がると、やるべきこと、復讐を終えた空虚な男は、一応、ソファーから腰を上げ、床に片膝をついて形だけの礼を大宰相に述べる。
一片の感情もこもらぬ礼の言葉に、大宰相はむしろゾランガを哀れに思ったが、
「……ゾランガよ。何も言わずについて来るがいい。フレオールもついて来たければくるがいい」
剣を鞘に納めたネドイルは、フリカの地で特に調べるように命じていた場所へと歩き出す。
無言かつ無感情にゾランガはその言葉に従い、フレオール、ミリアーナ、フォーリスもその後ろに続く。
ネドイルの歩みは旧フリカ王宮を出ても止まらず、旧フリカの王都の郊外、そこにある墓地の一角、墓石の一つの前でようやく止まった。
数多に並ぶ墓石はどれも膝下くらいの大きさで、平民の共同墓地の一つなのだろう。
戦乱と天災で近年、多数の死者を出した旧フリカ王国は、この手の共同墓地が増えたが、一方で生きている者は死んだ者を充分に供養できる状況ではなかったゆえ、手入れの行き届いていない墓石が多く、中には倒れたままの墓石さえあった。
そんな中、ネドイルが前に立った墓石は良く手入れがされているだけではなく、花もそれなりに添えられている。
ネドイルは何気なくその墓石に刻まれた名に視線を走らせ、それにつられてゾランガやフレオールらも墓石の下で眠る者の名を知ると、
「……!……」
かつて失った大事な者たちの名を見出だした男は、これ以上ないほど目を見開いて驚く。
「ここに眠る者が誰か、そなたには述べるまでもないだろう。だが、無粋にも説明させてもらえば、ここに弔い、今日まで墓を手入れし、花を添えてきた者らが誰か、オレは名前を知らんし、そなたの知り合いでもないだろう」
ネドイルの言葉が届いているのかいないのか、墓前に膝をついたゾランガは全身を小刻みに震わせ出す。
「そなたは当たり前のことをしてきたつもりだろう。だが、それは多くの民を救い、感謝されるものであった。そして、そなたに感謝する者のほんの一部にすぎぬが、彼らはそなたの大切な者たちを弔い、その冥福を祈り続けていた」
「……おおっ……」
「民の想う心は間違っていない。悪いのはあくまで、民を想う心を解さなかった、そなたらが殺した者たちだ。そなたの民を想う心が大切な者たちを殺したわけではない」
嗚咽をもらすゾランガに、ネドイルはさらに語りかける。
「大切な家族を奪った者たちの命をいくら奪おうが、何も戻らぬし、何もならない。悲しいが、それが現実だ。しかし、民を想う心を失わねば、そのほんの一部であろうが失った者たちの死後の安らぎにつながる。いや、もうわかっていることだな。言葉にするのは、それこそ無粋だ」
すでに家族の墓の前で号泣するゾランガには、ネドイルの言葉はきちんと伝わっていないかも知れないが、しかしながら、どうしようもない現実にも少しばかりは救いはあるということは確実に伝わっただろう。
復讐に狂奔するしかなかった男は、ゆえにただ泣き続けた。