表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/551

魔戦姫編8-1

 ティリエランの駆るアイス・ドラゴン『フリーズドライ』の周囲には、一千のロペス軍が展開している。


 ウィルトニアに議題を残された二日後、つまりは休学日明けの初日、ライディアン竜騎士学園に在籍する一年生らには、特別授業が用意されていた。


 竜騎士になれば、士官として兵を率いる身になる。アーシェアのような何万の軍勢を統率するのは例外中の例外としても、少なくとも部隊の一つは任されることになるのだ。


 それゆえ、竜騎士学園では、竜騎士として兵を動かす訓練も用意されており、一年生らは教官一年目のティリエランの指導の下、学園で最も難しいとされる実技に挑んでいる。


 有事の際には、一千どころか、その数十倍の兵を率いることになりかねない立場と出自のティリエランは、学園に入るからそうした訓練を積んでいるので、その指揮は一年生らにとっては、手本というよりも理想に近い。


 ティリエランの実演の後は、一年生の一人一人が百のロペス兵を任され、自らの乗竜の上から彼らに指示を出し、不慣れな竜騎士見習いらは兵の反応に一喜一憂しているが、例外が四人ほどおり、それも良い悪いの二つに分けられる。


 良き例外はミリアーナとシィルエールである。彼女たちはティリエランと同様、王族として有事を想定したというより、この手の場で恥をかかないよう、こうした訓練を入学前から積んでいるので、他国の兵を実にきびきびと動かしている。


 一方で悪い例外はフレオールとイリアッシュである。去年、初陣を迎えた両者の内、前者は名目のこととはいえ、十万の兵の指揮官として、一国を攻め滅ぼした。後者は父親と共にわずかな手勢で一国の王都を制圧し、さらに押し寄せる七ヵ国の軍勢から王都を死守した上、その際に竜騎士を二騎、討ち取っている。


 実戦経験においては、学園の誰よりも抜きん出ている二人だが、ティリエランは渋い表情ながらもその評価を最低とせねばならなかった。


 二人の指示にロペス兵らがまったく従わないのだから、ティリエランとしてもそうするより他にないのだ。イリアッシュの去年までの成績を知るだけに、不公平な感が否めないが、兵にいかに命令を守らせるかまでが考課の対象だから仕方ない。


 もっとも、当の二人はロペス兵らの不服従な態度に腹を立てることなく、すまなさそうなロペスの王女の側で、和気あいあいと談笑しており、そこに重たそうな甲冑姿のシィルエールがやって来る。


 トラブル防止のため、フレオールに七竜姫が張りつくのは相変わらず。フレオールの方もトラブルを望んでいないので、イリアッシュに対して複雑な反応を見せるティリエランの側へと移動しているのだ。


 ちなみに、ミリアーナは乗竜バーストリンクの上から、ロペス兵らに指示を出している真っ最中にある。


「……見てたけど、大変そう、だった。ロペス兵、言うこと、聞かなくて」


 自分の訓練中、フレオールやイリアッシュの様子をうかがうだけの余裕があったのだろう。シィルエールが不慣れな感じながら、二人の不運に同情を示す。


「まあ、向こうからしたら、オレとイリアは敵だからな。ああいう態度となるも、当然だろう」


「けど、この授業、そう、多くない。一回でも、評価、悪いと、大変」


 ライディアン市や付近の部隊から、千人の兵を集めるなどという大がかりなこと、そう何度もできるものではない。一学年につき、年に四度が限度となる。


 この実技訓練が最も難しいとされる原因は、この授業数の少なさによる。年に四度ほどで、兵の統率に慣れろというのが無理な相談なのだ。


 何より、授業数が授業数だ。一度でも取りこぼすと、目の当てられない成績となる。シィルエールが二人を心配したのはその点だが、


「まっ、一人か二人、見せしめに殺して、兵の態度を改めさせるって方法もなくなはなかったが、正直、そこまでしたら、兵士が可哀想だ」


 そんなことをしたら、一人か二人の人死にですまない事態となるだろう。フレオールにしても、この場にいる人とドラゴンを敵に回すほど、バカではない。


「それに、こんな実戦の役に立たんことでむきになるのも、バカらしいしな」


「実戦の、役に、立たない?」


「ああ。いつかも言ったが、七竜連合の軍隊は訓練以前に欠陥がある。何で、それを放置できるのか。オレには理解できん」


「……欠陥、例えば……?」


「うん。竜騎士らが各部隊を率いている。戦の際には、竜騎士を先頭に敵に突撃し、その後に騎兵や歩兵が続き、竜騎士の開いた突破口から騎兵や歩兵が突入して、敵軍の中で散々に暴れる。古き良き戦車戦術の発展系だな」


 戦車戦術とは、古代に全盛を誇った戦法の一つである。


 三人乗りの二頭引き戦車一台につき、四、五十人の歩兵が従う編成で、数百、時には一千、二千の戦車を用意し、それらを先頭に突入して敵軍を蹴散らし、続く歩兵が算を乱した敵兵に襲いかかるというもので、平地戦において絶対的な戦果を挙げたが、いつの間にか廃れた。


 考えるまでもなく、平地戦のみにしか使えないのでは、いくらでも強力でも用途が限定されすぎる。しかも、悪路に弱く、機動力も低いので、行軍にあまりに不向きだ。


 致命的だったのは、騎兵の台頭であり、平地で軽快な騎兵隊の動きに翻弄され、側面や後背に回り込まれて敗れるようになると、戦車の姿は次第に戦場から消えていった。


 ただし、強力な兵器によって、敵を真っ向から撃破するという戦術思想は後々にまで残っている。重装騎兵による突撃は、戦車戦術の正統な後継戦法と言えよう。七竜連合の竜騎士による正面撃破や、一昔前の魔法帝国が魔道兵器を前面に押し立てる戦い方も、戦車戦術の派生という一面がある。


「生半可な知識を振りかざすと、恥をかきますよ。戦車とドラゴンでは質量が違います。戦車が空を飛びますか? 火を吹きますか?」


 授業内容のみならず、ドラゴンと共に在った歴史まで否定するかの物言いに、生徒たちの成績をつける手を止め、ティリエランは憤然と抗議する。


「戦車より勝る点はあるが、劣る点もあるぞ。竜騎士は、戦車ほど数を揃えられんだろう。また、戦車のように増産などできん。何より、タチの悪い点は、竜騎士が指揮官を兼ねている点だ」


「それ、前に聞いた。なら、アーク・ルーン、どんな戦い方、するの?」


「我が国は徹底した兵種をユニット化した、ミックスオーダー戦術だ。基本的に」


「ミックス、オーダー、具体的には、どんな戦い方?」


「まあ、その前に一つ、軽歩兵と重歩兵、これが半々で構成された部隊がいるとしよう。この部隊にはどんな欠点がある?」


「軽歩兵、重歩兵に合わせたら、身軽に動けない。軽歩兵、重歩兵のように、固く守るの、できない」


「ああ、そうだ。違う兵種を組み合わせた場合、互いの長所が発揮できないこともある。だから、我が国は騎兵なら騎兵、歩兵なら歩兵と、同一の兵種で部隊を作っている。そして、兵種別の部隊を局面に応じて動かす。これがミックスオーダー戦術だ」


 ミックスオーダー戦術じたい、古くからあり、目新しいものではないが、これまで一般的に用いられてもこなかった戦法である。


 戦車戦術のように特定のパターンがまったくないので、戦い方の幅や自由度が高い反面、指揮官には戦局を的確に読むだけの能力が要求されるので、誰でもうまくこなせるものではないのだ。


「オレが残念に思うのは、竜騎士が自らの長所を活かす編成がされていない点だ。足の遅いアース・ドラゴンと最高速を誇るエア・ドラゴンが並んで戦う。そんな感じのバカげた光景を、去年、オレは何度も見ている。アース・ドラゴンのみで固めた部隊で守り、エア・ドラゴンのみの部隊が引っかき回す。竜種によるユニット化を成せば、戦術の幅はいくらでも広がるというのに、もったいないことだ」


「言うのはカンタンですよ。そうしたことは誰もが一度は考えることなのですから。しかし、それでもそうならないのには、色々と複雑な事情があるからです。部外者であるあなたがわからないほど、大変なことなのですよ、これは」


「そうだろうな。ネドイルの大兄は命がけで複雑な事情を踏み砕き、何万という血を流して、我が国の、いや、魔術師の存在価値を根底から覆したんだから。疑問を感じても何もせず、命をかけずに何かが変わると思っている連中には、その大変さに挑むようなことは、わざわざしないだろう」


 フレオールの言い種に、ティリエランの顔は屈辱で歪む。


 変革がカンタンに成せるわけがない。当たり前のことである。


 疑問を感じても、何もしなければ何も変わらない。これも当たり前のことである。


 当たり前の在り方や対処をしたから、七竜連合には当たり前の欠点や欠陥が残った。当たり前の結果である。

 しかし、ネドイルは当たり前とはほど遠い生き方をし、疑問に対して命がけで挑み、数多の苦難を乗り越えた。だから、当たり前とはほど遠い結果を得た。


 側室の子とはいえ、貴族の一員であるネドイルは、別に食うに困る立場なわけではない。いくらでも、そこそこ豊かな暮らしができる身分だ。だが、それでも、いつ死んでもおかしくない生き方を選んだ。


 この世で最も悪質な賭博に勝ち続け、世界の半分を手にしたのは結果にすぎない。ティリエランと同じ十九歳の時には、ティリエランと、否、この世界の大半の者とは違う一歩を踏み出し、敷かれたレールではなく、自らの手で世界の果てまで続くレールを敷こうとした。


 ネドイルは最初から強大な存在ではなく、自らで強大な存在となったのだ。そんな当たり前のことに気づいて、ロペスの王女は顔を青くして、その場でよろめく。


 当たり前ではない敵に、当たり前のままで挑む甘さに気づいても、当たり前ではない一歩を踏み出せない自分にも気づき、とっさに側にいたイリアッシュに支えられるほど、体調を悪くしたティリエランに、この場で教官としての職務を続けるのは不可能だった。


 ただし、二重の意味で。

「姫様、大変でございます。アーク・ルーンの密偵が関所を破り、我が国に侵入いたしました」


 そのロペス兵の報告は、とても授業を続行できるものではない。


 苦せずして、生徒の成績をつけついなかったのを誤魔化せた新米教官は、一年生らに教室に戻るように命じた。


 無論、容疑者二名が残されたのは言うまでもない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ