大征編9
精神的に弱っていた影響が肉体にも表れていたため、シィルエールの出産をフレオールは危ぶみはしていた。
もちろん、母子の無事な出産を計り、魔法医を手配するなどの手を打ち、その手配した魔法医も、
「母体は弱って見えますが、体を鍛えていたため、出産そのものに大過はありません。多少は難産となりますが、充分なフォローさえあれば、母子に問題は生じないでしょう」
太鼓判を押したので、その魔法医にフレオールは妻子の身を委ねた。
だが、弱って見えるシィルエールの姿が脳裏に焼きついているフレオールは、その死に強い衝撃を受けて顔を青くし、体を震わせはしたが倒れることはなく、
「……出産に耐えられなかったということか……」
魔法医の見立てを鵜呑みにした己の判断を呪うものの、己の愚かさを受け止めもした。
正直なところ、魔法医のミスということで片づけたいアーシェアだが、そういうわけにもいかない。その魔法医に非があるわけではないし、何よりもこれを仕組んだ者がただ死ぬほど追い詰めて終わりとするわけがない。
ムーヴィルの「どうせ、わかること」という言葉が脳裏に響き、アーシェアは重い口を開かざる得なかった。
「いや、母体にいくらか衰弱は見られたが、出産後の経過は良好だったそうだ。そうして、起き上がれる程度に回復したシィルエールは、その、自ら命を絶ったそうだ」
「……!……」
告げられた内容が内容である。愕然となったフレオールの全身が大きく震え出す。
「……なぜ……」
別にアーシェアに問うたわけではないそのつぶやきに「わからない」と答えられたら、どんなに気が楽であったろうか。
「…………」
ブリガンディ男爵邸、現地からシィルエールが自殺した理由らしきものを伝え聞いているが、内容が内容であるので、当事者にそれを告げることを、アーシェアははばかった。
しかし、ムーヴィルの助言どおり、後にわかる、あるいは向き合わねばならないことなので、アーシェアは意を決して、
「……これはあくまで噂だ。そのような噂があるから、シィルエールの死の原因がそうではないか。そのような噂が生じているというだけだが……シィルエールが兄と、その近親相姦……」
「ゾランガかっ!」
怒号を張り上げるフレオールの顔が、青から赤を通り越して、どす黒い怒りの色に染まる。
「…………」
フレオールの怒りと推測がたどり着いた答えを、アーシェアは肯定もしなければ、否定もしなかった。
フリカ代国官ゾランガの施政は民の窮状を救済し、フリカの地の治安を安定せしめ、その評価は高い。しかし、行政手腕以外の部分に関する評価は、決してほめられたものではない。
中でもゾランガはフリカ王家に異常な憎しみを示し、ただ恨みを晴らすだけではなく、その殺し方、追い詰め方は正気を疑うものが多い。
アーシェアが自然に耳にする憎悪や風評からも、今回のことを仕組んでもおかしくなく、何よりの状況証拠は行政官として優れている以上に、ゾランガには謀略の才があることだ。
おぞましい話だが、ゾランガは実際にシィルエールを呼び寄せ、ミリアーナを遠ざけた際、弱った心につけ込んで操り人形同然の兄サクリファーンと交わらせたのだろう。
その事実にサクリファーンは完全に生きる意志を放棄し、シィルエールも同様の結末に導かれたが、その程度ですませるほど、ゾランガの憎悪は温くない。
ゾランガはその事実を流言としてまいた。それはシィルエールの死を辱しめるだけではない。人の噂も七十五日という甘い工作ではないゆえ、その遺児が自らの出生に苦しむ一生を送ることは約束されたようなものだ。
ブリガンディ男爵邸の使用人らもその噂や流言に動揺し、生まれたばかりの赤子が主の子かどうかで困惑しているとのこと。
怒りで自制心が吹き飛んだフレオールが無言で立ち去ると、アーシェアはそれをとがめるようなマネはせず、嘆息して見送った。
七竜連合の王族として、アーシェアはシィルエールとは知己であり、幼い頃よりの知り合いである。その死を悼む心がないわけでもなければ、何の罪もない子供が復讐の余波で苦しむことに憐れと思わなくもない。
フレオールにもシィルエールにも同情を覚えなくはないが、今のアーシェアはアーク・ルーンの将だ。
アーク・ルーンの不利益を看過できぬ立場となった女将軍は、フレオールの暴走と危険性を報告せねばならなかった。
心情的にどうであれ。




