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大征編6

 リムディーヌの一子、カーショルはまだ二十代半ば前と若く、アーシェアより少し年上なだけだ。


 十代の頃より戦場にあり、滅亡した祖国ミベルティンを守るためにアーク・ルーン軍と戦ったほど、若いが実戦経験の豊富な若者である。


 そのアーク・ルーン軍との戦いで右目を失い、そこに黒い眼帯をしている。


 リムディーヌの亡夫、つまりは父親に似た厳しげな顔立ちをしていると言われるが、物心つく前に亡くなった父親の顔をカーショルは知らない。


 亡父が宦官にワイロを贈らなかったゆえ、無実の罪で死んだことを伝え聞いているが、母親と違ってカーショルは宦官に格別、隔意を抱いていなかった。


 これは亡き伯父が、


「リムディーヌ。オマエが宦官を恨むのは仕方ないことだ。その恨み節はいくらでも聞いてやろう。だが、それを子の、カーショルの前でもらすのは堪えよ。辛くとも堪えねば、子に自らの恨みを引き継がせることになるぞ」


 そう諭されたリムディーヌは兄の言葉を守ったがゆえ、カーショルはスラックスやシダンスに含むような態度は見せない。


 その伯父を殺したアーク・ルーンに含むところがないわけではないが、戦場のことなので深刻なものではない。もちろん、自身の右目については、戦場でのことと完全に割り切っている。


 顔を知らない父親と同様、不機嫌になると、とことん目つきが鋭くなるという特徴も引き継いでいるカーショルは、ナッペリから送られてきた書状を目にし、その古参の兵が懐かしがる反応を見せている。


「どうしました、あなた?」


 そう尋ねるアーシェアと同じくらいの年頃の武装した女性は、カーショルの妻である。


 夫と共に戦場を駆けた自身の経験もあるが、ミベルティン末期の状況が妻が奥を守っていればいいだけの甘いものでもないこともあり、リムディーヌは息子の嫁を、自身と同じ武芸ができるかどうかで決めた。


 良家の子女には珍しくない、親が家を第一に決めた相手ではあるが、カーショルは妻と円満な家庭を築き、すでに三子を設けている。また、戦場を駆る母親を見て育ったためか、妻に戦場で補佐してもらうことに難色を見せない。


 タントバ城の密使がナッペリの書状を届けると、カーショルは主だった者を自分の天幕に呼び集め、今の不機嫌な顔を一同に見せた。


 そして、妻の問いに答えず、ナッペリよりの書状を黙って一同に見せると、誰もがカーショルが不機嫌となっている理由に得心がいった。


「当方はタントバ城より引き上げる。その際、追撃をひかえてくれるなら、当方はタントバ城を引き渡す用意がある」


 ナッペリからの書状を要約すると、そのような内容になる。


 タントバ城から引き上げるにしても、五千か一万も残せば、その難攻不落は堅持される。にも関わらず、全兵力を引き上げようとしているのは、少しでも多くの兵を握った状態で、祖国の王位継承争いに介入する心算があるからだろう。


 潔癖なカーショルは祖国の要衝を売り渡し、自己の栄達を計るナッペリに嫌悪を抱いているが、アーク・ルーンの部将として清濁を併せ呑む器量を見せねばならない。


「予定どおり、ナッペリの要請に応じる返事を出す。同時に、この密約をヤツの部下らに密かに伝える」


 計略とわかっていても、カーショルの声には苦みがにじむ。


 しかし、聡い若者ではあるので、タントバ城を攻略に必要な一手であるのも理解している。


 作戦に従い、カーショルはナッペリの密約に応じ、同時にその密約をナッペリの部下たちに密かに伝えた。


 また同時に、その場にいる部下の一人に五百の兵を与え、密かにタントバ城に向かって進発させた。





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