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魔戦姫編6-1

「……ドラゴニック・オーラが通じないっ!」


 円卓につく八人の内、発言者以外が驚愕するのも当然だろう。


 竜騎士にとって、ドラゴニック・オーラはいかなる刀槍より強力な武器であり、いかなる鎧や兜よりも堅固な防具である。それが無効化されるとなれば、七竜連合の者なら、驚くなという方が無理な話だ。


 休学日の前日の夜、フレオールの二度目から十一度目の決闘の結果にかき回されたライディアン竜騎士学園に、一度目の決闘の相手が戻って来るや、左の頬に傷跡のある王女によって、学園長と七竜姫は久しぶりに会議室の円卓を囲むことになった。


 フレオールの名で返還された捕虜たちの受け入れ。


 逆に帰郷を望むワイズ兵らをまとめ、トイラックを通じての送還させる手続き。


 三つに分けた自軍を、提供された三つの空き城に移転させる作業。


 バディンの山野にひそむ脱走兵らの保護。


 当人も、当面、学園に戻るつもりはなかったし、また戻れる状態でもなかったが、


「兵らと話している内に、アーク・ルーン軍には、ドラゴニック・オーラが効かない節があるように思われた。その点について話がしたい」


 ウィルトニアのものではなくても、ここまで気になる発言されては、学園長も王女たちも無視するわけにはいかない。


 かくして、ウィルトニアに合わせて戻って来ただけのクラウディアも含め、七竜姫とターナリィは寮の就寝時間すぎに会議を開くことと相成った。


「ウィル、いったい、どういうことだ? 詳しく説明をしてもらいたい?」


 会議の内容が学園内のものなら、学園長であるターナリィか新米とはいえ教官であるティリエラン、または生徒会長であるナターシャが問い質す立場となるが、ことが七竜連合におけるものとなると、盟主国の王女が場を主導しなければならない。


 ゆえに、祖国を後輩に引っかき回された王女は、当然、そのような重要な発言をするに至った経緯を問うが、


「詳しい説明と言われても、昨今、兵と話す機会が多く、彼らの話を総合すると、そう思える節がある。ただ、それだけのことだが、内容が内容だけに、あやふやなものだとしても、捨て置けぬと思い、皆で判断を仰ぎたいと考えた次第だ」


「何を言っているんですの? 実際に戦った竜騎士らからは、そんな報告を受けていませんのよ? それをドラゴニック・オーラの使えぬ兵たちの話をうのみにするなど、お話になりませんわ」


 フォーリスが取り合わないのも無理はないだろう。


 アーク・ルーン軍とワイズ王国の戦いが起きてから、もうすぐ一年は経とうとしているのだ。忌々しい敗戦の報告はすでに終わっているが、実際にドラゴニック・オーラで敵と戦った竜騎士らからは、そのような重要な報告を受けていない。なのに、兵卒の言葉を竜騎士のそれより重んじるなど、フォーリスでなくても、他の六名もにわかに首肯できるものではなかった。


 そうした会議の空気を察してか、ウィルトニアは切り口を変える。


「姉上が昔、言っていた。兵たちは情報の宝庫だと。たしかに、一人一人の話は、主観的で取りとめのないものだ。が、それも数百と集めれば、思わぬことがわかる。ドラゴニック・オーラの件も、その一つだ」


 アーシェアは王女でありながら、兵士らと食事をすることを好んだ。彼らと話すことで、自軍の欠点にいくつか気づき、それらを改善していった。


 が、それによって、小さな改善を成したからではなく、兵士らの絶大な信望を得たからこそ、アーシェアは名将と呼ばれるだけの存在になったのだろう。


 王女でありながら、同じ粗末な食事を口にし、自分たちの話をちゃんと聞いてくれる。何より、口にした不満がいつの間にかなくなっているのだ。兵たちはアーシェアに親しみを覚え、その命令には惜しむことなく命を張った。


 ウィルトニアも竜騎士や騎士のみならず、姉を見習って、兵士とも接するように心がけた。


 そうしてワイズ兵らと話す内に、アーク・ルーンにドラゴニック・オーラが通じないように見えたという、あやふやだが同じ意見をいくつも耳にし、多忙な中、亡国の王女は学園に戻って来たのだ。


 ドラゴニック・オーラが通じない。にわかに信じ難い話な上、出所が兵士たちのものとなれば、兵長となら話したことはある者はいても、兵卒となど接したことのない七人の王族が、大いに戸惑うのも無理はなかった。


「無論、私とて、兵らの話をうのみにしただけではなく、私なりに考えた末だ。何より、去年、竜騎士があまりに戦果を挙げていない。そこに姉上がおられたのに、だ」


「たしかに、いかにアーク・ルーンが強いとはいえ、アーシェア先輩がいて、ああも敗れるとなれば、何かしらの原因があると考えるべきね」


 応じたティリエランは、学園に在学中、一年の時、あのイリアッシュさえかなわない最強の竜騎士の力を何度も見ている。


 単純に竜騎士らがまったくかなわないほど強いなら、去年はもっとストレートに大敗しているはずだ。が、実際には魔竜参謀が策を巡らせているのだから、敵の勝因には何らかのトリックがあると見るべきだろう。


「ここからは私の想像が幾分か混ざるが、ドラゴニック・オーラが通じないだけで、竜騎士が完全に無力化されたわけではないのだろう。ドラゴンより、雷や炎の力を借りれば、それでアーク・ルーンにダメージを与えられる。また、ドラゴニック・オーラそのものをぶつけても効かないが、強化した力で振るった刃は通じる。ただ、それが逆にこちらの認識を誤らせたのだろう」


 自分で明言したように、ウィルトニアも兵士たちの証言だけで戻って来たわけではない。竜騎士らからも改めて話を聞き、自分の想像が正しいと判断したのだろう。


 クラウディアらもバカではないので、亡国の王女の言いたいことはわかる。


 自分たちの攻撃がまったく通じないのであれば、竜騎士らもそれに気づいたであろう。だが、ドラゴニック・オーラをぶつけて効かず、すぐに別の攻撃、雷なり炎なりを飛ばして効いたとなれば、ドラゴニック・オーラが効かなかったのは、たまたまと考えて、不審の念は偶然で処理される。


 加えて、自分の攻撃が通じなかったなど、名誉を重んじる竜騎士が確証もなしに公言できるものではない。

「相変わらず、狡猾なっ」


 クラウディアが吐き捨てる。


 まったく効かないのであれば、すぐに気づいて対策が練れる。が、まさか、と思っている間は、効かぬ攻撃を効くものと思って行動することになる。


 雷や炎は、そのドラゴン特有の能力だが、ドラゴニック・オーラは全ての竜騎士に共通する。特に、ドラゴニアンやギガント・ドラゴンと契約している者にとっては主武器となるのだ。その主武器を封じられていたのだから、昨年のアーシェアが精彩を欠くのも当たり前であろう。


「け、けど、ドラゴニック・オーラが、効かない。これ、どういうこと?」


「シィル、オマエにわからないことが、私たちにわかるわけがない」


 魔法帝国ゆえ、魔法的な手段で、ドラゴニック・オーラを無力化しているのは間違いないだろう。この中で、飛び抜けて魔法に詳しいシィルエールがわからないのに、他の者がわかるわけない。


 愚問を発したフリカの王女は、顔を真っ赤にしてうつむく。


「けど、ウィル先輩の言うことが正しいなら、これからはドラゴニック・オーラを主体ではなく、変則的に用い、能力を主とした戦い方を徹底させるべきだと思うけど、問題はその確認が取れてないってことだよね?」


 ミリアーナの指摘こそ、この議題の主旨だろう。


 いかに多数のものであろうと、あやふやな兵士らの証言のみで、竜騎士の主武器を使わないなどという選択はあり得ない。


 かといって、それが真実だった場合、竜騎士らの戦果は去年の二の舞だ。


「確認するのはカンタンだ。アーク・ルーンに実際に攻撃、夜襲なりを仕掛ければいい。実のところ、私が戻って来たのは、確認のための夜襲を働きかけてもらうためだ。それさえ終えれば、早々に戻らねばならん」


「ただ、提案するだけなら、わざわざ学園に戻る必要はないと思いますが?」


「先日の一件で警戒されているだろう。さて、タスタル王が会ってくれるか」


 ナターシャな素朴な疑問に、端的に答える。


 どの王とて、脅されて誓約書を書きたいとは思わない。ウィルトニアが謁見を求めても、何か理由をつけて、家臣に要件の取り次ぎをさせ、直に会わないようにするだろう。


 とはいえ、案件が案件なだけに、ほとぼりが冷めるのを待っていられない。


「しかし、また、無茶をしましたわね。一歩、間違えれば、私たち全員で、まずあなたを倒すことになっていましたのよ?」


「だが、有効な手立てだ。我が国の深刻さが、皆にもわかってもらえただろうしな」


 正確には、敗残兵の寄せ集めと軽く扱えなくなった。


 ワイズの事情や窮状を無視すると、バディンの二の舞いになるのだ。手負いの獣にちゃんとした支援をしないと、次は自分が噛まれる番になりかねない。


「さて、私が集めておいて何だが、私が案ずるところがわかったなら、先に失礼させてもらう。できれば明日の朝までに戻りたいのでな」


「大変なのはわかります。ただ、出立は朝にしてはどうですが?」


「学園長、お気持ちはありがたいですが、アーク・ルーンを相手にのんびりしている時はありません。常に全力であらねば、後に悔いることになります」


 ターナリィの気遣いを謝辞するや、席を立って一礼し、ミリアーナがモニカの件を切り出す間もなく、深夜の校庭で座禅を組んでいるレイドの元に向かう。


 共にやって来たクラウディアも、ゆっくりする間もなく、亡国の王女の慌ただしいスケジュールに倣うが、


「……ウィルよ。最近は、ティリー教官より眠っていないのではないか? 戻るのを止めないが、もう少し身体を労るべきだ」


「クラウ先輩、私は姉上にまるでかないませんでした」


「あ、ああ、だが、それは誰でも同じと思うが」


 いきなり行方不明の姉の話をされ、当然、バディンの王女は戸惑う。


「そう、勝てないのがわかっているのに、むしろ、私は姉上に挑み続けた。負けるのが好きなわけでもないのに、姉上に破れるのが、イヤなどころか、なぜか、楽しかった」


「つまり、何が言いたいのだ?」


「難しい話ではありません。私は絶対に勝てない相手ほど、闘志が沸く、ヘンな女ということです」


 今回の件は、別段、トイラックに指示を仰いだものではない。短期決戦という共通点で、先立ってはその思惑に応じたが、今は違う。遠からず実現する短期決戦でトイラックの思惑を噛み破るために、ウィルトニアは今、己の牙にその知勇の全てを注ぎ込んでいるのだ。


 かなわぬ男の手のひらに、せめて自分の噛み跡が残るように。



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