東征編39
洞察に優れ、頭が回る長所が、この時は完全に裏目に出た。
慌てて戻って来たミリアーナと、まだ戻っていないシィルエール。それでゾランガがどれだけおぞましいマネをしたのか察してしまったがため、フレオールは一瞬、呆然自失となってしまい、
「……しまったっ!」
わずか一瞬なれど、ウィルトニアにとってはそれで充分。
低い姿勢となってタックルするように間合いを詰めるウィルトニアの動きは、一瞬でも反応の遅れたフレオールの対応できるものではなく、真紅の魔槍で迎え撃つどころか、得物を手放して大きく後ろに跳び退こうとする。
ウィルトニアに組まれたらどれだけマズイかは、敗者として理解している。フレオールはとにかく距離を取ろうとするが、そこにしか活路のない側はこの好機を逃がさんと必死につかもうとする。
やはり、一瞬たりとて反応の遅れは致命的であった。フレオールは逃れることができず、ウィルトニアに腰をつかまれて押し倒される。
地面に倒されたフレオールは逃れようとはしたが、
「が、ぐっ……」
ウィルトニアはそれを許さず、素早く右足首をつかんでひねり上げる。
これで右足首を痛めたどころか、靭帯をねじ切られたフレオールは、マトモに立つことができなくなる。
それから得意のマウント・ポジションを取らんとしたウィルトニアは、
「……フレオール!」
乗竜から降り立ち、フレイルをかざして駆けるミリアーナは、この場に到着したばかりなので当たり前ながら状況も事情もわからない。
もっとも、わからないがためにその行動に迷いはなく、それゆえにミリアーナの接近に、ウィルトニアは一瞬、気を取られてしまい、今度はフレオールがそれを見逃さなかった。
一瞬の間隙、フレオールは両手で後ろに跳び、そのまま後転してウィルトニアから逃れた上、多少の距離を取ることに成功する。
だが、距離を取ったものの右足首の靭帯がイッテいて立ち上がることができないフレオールに、ウィルトニアはすでに迫りつつあった。
例え組みついてもミリアーナのフレイルが振るわれれば、フレオールを倒す前にその横槍で終わることになるだろうが、ウィルトニアには前に出るしか選択肢はない。
ただ、幸いにもフレオールも横槍で勝つつもりは毛頭なく、
「槍よ、来い!」
その呼びかけに応じて、主の手元に戻る真紅の魔槍。
右膝を突いた状態でフレオールが繰り出した魔槍に対して、ただ前に出るという選択肢を取ったウィルトニアにかわすことなどできるものではなかった。
それでもドラゴニック・オーラを込めた右の手刀で魔槍を打ち払い、左の手刀を打ち込もうとしたウィルトニアだったが、
「……がはっ」
疲弊しているウィルトニアのドラゴニック・オーラではフレオールの魔力量にかなわず、振るった右の手刀は逆に弾かれ、幾分か勢いを削いだものの、真紅の魔槍の穂先は腹部に突き刺さる。
鎧を貫いた真紅の魔槍が内蔵に達したウィルトニアは、口から大量の血を吐きながらも、健在な左手で魔槍を引き抜き、そして仰向けに倒れる。
立つこともかなわぬのもあるが、フレオールには倒れたウィルトニアにもはや槍を振るう意思はなく、
「大丈夫、フレオール」
それは側に駆け寄ったミリアーナも同様で、手にするフレイルを振るうことはなかった。
これ以上、真紅の魔槍やフレイルを振るわずとも、ウィルトニアの命が尽きるのは明白ゆえ、
「ガアアアッ!」
吠えたレイドが双剣を抜いて駆け出す。
刃を抜いた双剣の魔竜に対して、一部のアーク・ルーン兵が矢を放つが、それらは全て二本の剣に斬り払われる。
接近する双剣の魔竜にミリアーナはフレイルを構え、フレオールを守ろうとするが、
「射つのを止めよ! 行かせてやれ!」
グォントは双剣を捨て、死に体の主を抱え上げたレイドが、背中に羽を生やして飛び去るのを、敢えて見送るように命じる。
ウィルトニアを抱えて飛び上がったレイドは、グォントに軽く頭を下げるような素振りを見せてから、この場から去って行った。




