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東征編38

「無粋なマネをしてすまないが、ここで仕切り直しとさせてもらう」


「本当に無粋だな。いっそ、その槍で貫けば良いものを」


 立ち上がりながら答えるウィルトニアの言うとおり、彼女に向けられたフレオールの一撃は、だいぶ手加減したものであった。


 でなければ、クラウディアを締め上げている最中の彼女がかわせるものではない。


「それで、あくまで私に茶番で死ねというわけか」


「すまないと思うが……」


 茶番とわかっていても、上からの命令である以上、フレオールとしては従うしかないので、答える表情は本当にバツの悪そうなものであった。


 勝利を収めたが、元来、クラウディアはそう甘い相手ではない。今回は勝ったが、次回、今回の敗北を糧にしたクラウディアに勝てる公算は低い。


 それでも勝てたとしても、次回もフレオールの横槍が入り、仕切り直しとなれば、いずれは敗北する。


 そうして道化として死ぬくらいなら、本当に先程、フレオールの槍で殺されていた方がマシという、ウィルトニアの偽りなき真情を察したか、


「ガアアアッ!」


 いつの間にか進み出てきたか、双剣の魔竜レイドの咆哮が響き渡る。


「……なっ」


 咳き込みながら立ち上がるクラウディアは愕然となり、何が起こったか察したフレオールとウィルトニアは身構えて対峙する。


 もっとも、レイドのしたことがわかったのは、この三人と、後はフォーリスくらいであろう。グォントはレイドに備えて兵の一部に毒矢を用意させたが、やはり何が起きたのかわからないので、双剣の魔竜にそれ以上の動きが見えないこともあり、静観の姿勢を崩すことができない。


 双剣の魔竜がしたことは竜騎士ならば明白なもので、空間封鎖をかけたのだ。これをやられると、亜空間からエネルギー供給を受けている魔戦姫は、いくつかの能力と機能が使用できなくなってしまう。


 当然、レイドの行いは約定違反に当たるが、モルモットや道化として死ぬことを拒むなら、ウィルトニアにはこれしか方策がない。


 魔戦姫となったクラウディアが圧倒的な力で自分を下したならば、その死を、モルモットや道化として終わることを受容したであろう。しかし、現実にはベダイルの作品にもフレオールの武勇にも勝利したウィルトニアは後者の方がまだマシと判断し、レイドも主の選んだ終わり方を察して咆哮を上げたのだ。


 ウィルトニアはフレオールに勝っているが、その時とは状況が違う。今のウィルトニアは魔戦姫三号体との一戦を終え、大いに疲弊しているし、大剣も手放している。


 じっくりと戦うだけの、または小細工を弄するだけの余力はない。まっすぐ突っ込み、フレオールを組技に持ち込めれば勝機も出るが、ウィルトニアの疲弊を思えば真紅の魔槍の餌食になる公算が高い。


 だからこそ、勝利をつかむのが極めて難しいからこそ、挑む価値があるのだ。


 当たり前だが、ウィルトニアは破れかぶれで終わる気など全くなく、油断なく魔槍を構えるフレオールに対して、ひたすら自らの一命を睹す機会をうかがい続け、


「……フレオール! 生きているよね!」


 不意に上空から、切羽、詰まったミリアーナの声が響き、その呼びかけに反応しただけでは、まだ隙としては不充分であったであろう。


 だが、乗竜をひたすら飛ばしてこの場に現れたミリアーナの側に、共に飛び立ったシィルエールの姿がないのに気づき、その意味を察してフレオールが愕然とした瞬間、ウィルトニアは地を蹴ってその充分な隙に喰らいつかんとした。


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