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東征編34

「まあ、仕方あるまい」


「申し訳ありません、ドッヘル閣下」


「いや、ジルト卿。貴殿があやまるべきことではない。悪いのは全てアーク・ルーン。その理不尽、我が剣で叩き斬ってやりますわ」


 若いが智謀に長けるジルトではあるが、当然、アーク・ルーンの裏事情などわからなければ、巻き込まれた現状を打開する術も思い浮かばなかった。


 ジルトにできたのは、アーク・ルーンの突きつけた理不尽な要求に対して、妥協を引き出すことのみ。


 マヴァルの地での孤立を余儀なくされたコノート兵で生き残ったのは約二千七百。しかも、その大半はこの現状に動揺を見せている。


 自軍の現状をかんがみて、ジルトもドッヘルも全軍に玉砕を命じても混乱するだけとの判断を下し、それを対峙するアーク・ルーン軍に伝えた。


 実験を目的とするフレオールにしても、混乱によってデータ収拾が狂いが生じるのは避けたい。ジルトの狙いどおり、その点で両者は協力し、そこから妥協を引き出すことに成功した。


 ジルトの提案した協力と交渉の内容は以下のとおりだ。


 戦うのは、クラウディアに向かって行くのは、ドッヘルが募ってそれに応じたコノート兵のみ。玉砕を選ばなかったコノート兵は陣中に留まり、陣地の内にいれば手を出さないとアーク・ルーン軍も確約している。これで死ぬ気のないコノート兵が助かるのみならず、エリシェリルも乱戦の中で命を落とす可能性がぐっと減る。


 さらにジルトは譲歩して、ウィルトニアとレイドの投入はアーク・ルーン側の合意の元に行うとした。


 フレオールからすれば、こんな茶番で兵を死なせるなど、バカバカしいことこの上ない。コノート側が茶番の引き立て役に甘んじてくれるなら、死にたくない兵や死なせたくない王女に配慮するくらいはする。


 言うまでもなく、この茶番で割を最も食らったのはドッヘルとウィルトニアである。


 覚悟を決めていたダルトー、戦死を望んだヴェーダと違い、ドッヘルは死を覚悟してこの場に臨んだわけではない。死を臆しているわけではないが、祖国に率先して殉じようという気もない。武運が尽きたなら見苦しくない死に様で終わるつもりではあるが、見苦しくない死に様を望んでいるわけではないのだ。


 正直なところ、ドッヘルも死にたいわけではないが、コノートの武家の生まれとして、エリシェリルを、主家を守るためとなれば、一命を投げ出す覚悟を固めねばならない。王女の安全を計るためとなれば、自らの惜しむわけにはいかない。


 一方、ヴェーダのよう壮絶な戦死、竜騎士として満足できる終わり方を望むウィルトニアからすれば、ジルトの提案する道化役など蹴ってしまいたいというのが、正直なところだ。彼女はドッヘルと違い、コノート王女の安全のために死ぬ気もなければ、そうせねばならない理由もなかった。


 元来なら、新たな戦場を求めてレイドを駆って去りたいのだが、モニカが囚われた以上、飛び立ちたくとも飛び立てるものではない。


 モニカの親族は何人もアーク・ルーンの高官となっている。マヴァルの帝都には、モニカの兄と叔父もいる。モニカは明々白々な反逆者であるが、親族に配慮して処刑されることはないだろう。


 しかし、そうとわかっていようと、親族と敵対してまで共に戦うことを選んだ戦友だ。彼女を置いて去るという選択はウィルトニアになく、茶番を承知でここを最期の戦い場と定めている。


 もちろん、モニカと同様、ウィルトニアの姉はアーク・ルーンの将軍、叔父は大臣だ。明々白々な反逆者であろうとも、自分もまず処刑されることはないのがわかっているので、


「……もし、私が捕らえられたなら、この首を落としてくれ。今更、姉上にあわせる顔もないのでな」


 自らの乗竜にそう命じ、ワイズの王女であった竜騎士は、あくまで戦死という生き方を変えることはなかった。


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