東征編30
勢いを得て、敵を圧倒するのは弱兵にもできる。真に強き兵とは、逆境の中、どれだけ耐えられ、踏み留まれるかで決まると言える。
「……所詮は小細工。起死回生とはいかなかったか」
息子の策が思いの他、成果を挙げぬ現実に、ダルトーは率直に侵略者の強さを認めた。
ジルトはコノートへと去る九千の中にいたが、それは自らの命を惜しんでのことではない。共にそこに紛れた三十騎を率い、アーク・ルーン軍に小細工を仕掛けるための行動であった。
九千の同胞に紛れ、アーク・ルーン軍に気づかれぬように南へと行き、ジルトたちだけは転進して、大きく迂回してアーク・ルーン軍の背後に出る。
無論、背後を取ろうが三十騎ではどうにもならない。しかし、何百という兵が迂回行動を取れば、明敏なアーク・ルーン軍に気づかれる怖れがある。第一、一千という数を思えば、百や二百も別働隊に割けるものではないし、一万五千という敵を効果的に挟撃することなど不可能だ。
だから、ジルトはアーク・ルーン軍が出撃して、空になった陣地に火を放つという策に活路を見出だそうとした。
陣地を焼かれて動揺したところを突き崩す。うまくすれば、十五倍の戦力差をくつがえすことも可能であったが、それもうまくいけばの話でしかなかった。
陣地を焼き、アーク・ルーン軍の動揺を誘うことには成功したのだが、
「怯むなっ! すでに見渡す限りの大地が我が軍の拠点と心得よ!」
「眼前の敵を打ち倒せば、新たな陣地などいくらでも築ける! 何よりもまずは戦い、勝てっ!」
「死にたくなくば、敵に突け込まれる隙を与えるな! 生きたければ、敵を突き崩せ!」
「勝者が生き、敗者が死ぬ! 我らが重ねてきた戦場の真理に忘れるな!」
陣地を焼かれ、動揺を見せたアーク・ルーン軍に対して、ダルトーは、ウィルトニアは、レイドは、生き残っていたコノート兵らは、最後の攻勢に転じようとした。
しかし、その前にフレオールと三人の師団長の叫びを士官たちが唱和し、それが兵たちの動揺と怯みを消し、ダルトーたちの最後の攻勢を受け止め、
「うおおおっ!」
アーク・ルーン兵はコノート兵を押し返し、そして踏み潰していく。
そして、数だけではなく、コノート兵の質をも上回る、百戦錬磨のアーク・ルーン兵の刃は、ついにダルトーにまで届いた。
息子と違い、武勇に優れるダルトーはコノート兵らと共に剣を振るうが、鉄の濁流となったアーク・ルーン兵の前に側にいたコノート兵が全て討ち取られ、ダルトーも三人目のアーク・ルーン兵を斬り倒した直後、腹を槍で突かれて落馬したところを、何本もの刃に斬りつけられて息絶える。
「……ダルトーを討ち取ったり!」
ほどなく大将軍戦死の報が戦場を駆け巡り、それを耳にして傷を負いながらも生き残っていたコノート兵らは動揺を見せるが、心は折れることなく踏み留まって戦い続ける。
が、どう抗おうとも、戦いは掃討戦の段階に移っている。フレオールが一対一に固執しているウィルトニアは一進一退の状態にあるが、それもフレオールが指揮官としての立場を優先すれば終わるものだ。
モニカは乗竜を仕留められ、討ち堕とされて、フォーリスに捕らえられている。
コノート兵は三分の二が討たれたので、手の空いたアーク・ルーン兵の一部が弓矢を手にレイドの方に向かい、矢の雨の密度が高めている。幸い、毒矢でなかったものの、双剣の魔竜の左肩には二本の矢が突き刺さっているほどだ。
兵にも戦いにも余裕のあるアーク・ルーン軍は、手透きの一部が陣地の消火を始めており、別の一部が放火犯の元に向かっている。
ジルトたちへと殺到するアーク・ルーン兵はざっと二百。三十騎の敵う数ではないが、彼らも覚悟を決めている。ジルトですら慣れぬ動作で剣を抜き放ち、逃げる素振りを見せず、討ち死の構えを見せた。
何度も繰り返しになるが、アーク・ルーン軍は優秀な軍隊である。また、ジルトの小細工で周囲への警戒を怠るべきではないのを思い知らされたばかりというのもあるだろう。
無駄と思いつつも、万が一を想定し、改めて四方を見張らしていたのは、どちらの幸か不幸であったか。
「南より新手のコノート軍が襲来! その数、数千!」




