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東征編27

 コノート王国の王女エリシェリルは現在、牢獄にいたが、投獄されたのは彼女だけではない。


「父上! フンベルト! 我が国を、コノートを終わらせようなどと、正気なのですかっ!」


 アーク・ルーンへの降伏を決意したコノート国王エドアルド四世は、娘を含めて降伏の障害になりそうな人物を全て牢にぶち込むように命じたのだ。


 抗戦派・強硬派の主だった者はダルトーが国外に連れ出しているが、全員がフレオール率いるアーク・ルーン軍と対峙しているわけではない。


 エドアルド四世が降伏を申し出て、それで終わりとはならない。一国の終わりを整えるのだ。アーク・ルーン、正確にはコノート攻略担当のリムディーヌと何度も使者を送り合い、何かと打ち合わせを行う必要がある。


 言うまでもなく、降伏するコノート側の立場は弱い。そして、リムディーヌ自身は敗者に寛大であるとしても、アーク・ルーンの将軍としての立場があり、大目に見るにも限度はある。


 アーク・ルーンの使者にコノート側が目に余るほどの無礼を働いた場合、リムディーヌは立場上、敗者からケジメを取らねばならない。そして、亡国の王であるエドアルド四世には、それに抗弁することは許されない。もし、エリシェリルが公然とアーク・ルーンを罵ったならば、娘の首を自ら斬って落として詫びねばならぬ。これが元国王の、負け犬の立場と実状なのだ。


 そのような悲劇と悲哀を避けるため、エドアルド四世は娘すらも投獄したのだが、エリシェリルは父の思惑に反して頭を冷やすどころか、


「ジルトを! マヴァルに赴いた同胞を見捨てられるかっ!」


 何日、経とうが、彼女は鉄格子をつかみ、必死の形相で叫び続けた。


 この時期に、いや、援軍を率いる前には、ダルトーは自らの画策と考えを主君やフンベルトに打ち明けている。


 命がけでコノートの穏やかな幕引きを整えた大将軍の犠牲と真情を無駄にしないためにも、エドアルド四世もフンベルトもその画策に乗るしかなく、両者は生き恥を晒すことをダルトーと約束しているが、その裏面を知っているのはエドアルド四世、フンベルト、ダルトー、そしてジルトの四名のみ。


 エリシェリルを含む大多数は、すでに定まっているコノート滅亡の筋書きを知らない。ダルトーの深慮を知らず、単純にジルトが危ないと思うからこそ、エリシェリルはひたすら叫び、訴え続けている。


 ダルトーも、王女が恐れ多くも息子に懸想しているのは知らぬことはない。だが、年頃の娘の一途な想いまでは理解できていなかった。


 エリシェリルが悲痛に訴え続け、愛するジルトを案じる様は、看守から王宮に務める使用人、そこから貴族、文官、武官などに伝わっていき、彼らを動かすに至った。


「ダルトー殿には降伏を伝える使者を出してある。援軍に赴いた同胞は戻って来よう」


 フンベルトはそう説明してあるのだが、それに納得している者はいない。ダルトーの性格からして、すごすごと引き上げて来るわけがないからだ。実際に、ダルトーはヴェーダたち抗戦派を率いて討ち死にし、アーク・ルーンに逆らった罪を一人で背負うつもりだ。


 そんな父に、ジルトも殉じるであろう。それが明白なほどわかっているから、エリシェリルは必死の訴えをただただ繰り返し、それがエドアルド四世やフンベルトが困るほど、コノート王宮の人々を動かすに至った。


「これでジルトの戦死でも伝わろうものなら、どれだけの騒ぎになるか」


 フンベルトは嘆息するほど、コノート王宮はかなり騒然としている。


 ただの騒ぎならまだいい。それがアーク・ルーンへの降伏に支障が出るほどのものとなったなら、自分の首を追加して収まる話ですまなくなりかぬない。


 ジルトが死ぬとなれば、それはアーク・ルーン兵の刃にかかってのこと。その時のエリシェリルの反応を思うと、フンベルトは頭痛がしてならない。


 エリシェリルがジルトの仇討ちに走ろうが、嘆いて後を追おうが、アーク・ルーンへの反感が高まるのは必至。だが、それ以上にフンベルトにとって頭の痛い点は、愛娘を失った主君の心情である。


 ともあれ、ここで余計な血を流れようものなら、ダルトーに顔向けはできない。


 さんざんに悩みに悩んだ末、フンベルトは独断でエリシェリルを牢から出し、さらに兵を動かした。


 すでに西を守っていたコノート軍の武装解除は終えている。その指揮を任せていたドッヘルに三千の兵を率いさせ、北に向かわせることにしたのだ。 エリシェリルの護衛と、ジルトを、さらにはダルトーをも連れ戻させることを命じて。


 全ての責任を己の首ひとつで収める方法を考えながら。



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