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東征編25

 アーク・ルーン軍は基本的に、兵馬というフォークとナイフを突き立てる前には、敵軍という肉をカンタンに切り分けられるよう、計略や謀略で柔らかくしようとする。


 コノート軍のみならず、マヴァル軍もアーク・ルーンの見えざる調理法で、弱兵に堕そうとしていた。


 レヴァンの計略に応じ、アーシェアは軍を東進させた。その動きに合わせ、マヴァル軍も転進したが、それで両軍が激突とはならなかった。


 マヴァル軍が向かって来ると、アーシェアは兵に陣地を築かせて、守りを固めたからだ。


 それゆえ、レヴァンはさらに一計を案じ、兵をアーク・ルーン軍の西に布陣させた。


 これでアーシェアの軍勢は十万のマヴァル軍と帝都に挟まれる形となる。だが、何よりもレヴァンの狙いはアーク・ルーン軍の補給を断つことだ。


 西から進軍してきたアーク・ルーン軍の西に布陣すれば、当たり前ながらその補給路を阻害することになる。補給がうまくいかなくなれば、アーク・ルーン軍は戦ってマヴァル軍を排除するしか、飢えから逃れる方策がない、はずであった。


 しかし、現実にはアーシェアの、否、アーク・ルーンの計略はそれすら想定していた。


 マヴァルの北部にはムーヴィルの率いる別働隊がいる。さらにその北、ロシルカシル王国はほぼスラックスの第五軍団によって制圧されている。


 第十三軍団は西からの補給を断たれても、北からの補給路を築けば、軍を維持することができる。


 だが、レヴァンにとって想定外の展開はそれだけではなかった。率いる十万の兵、その七割を占める元囚人らが動揺を始めたのだ。


「カナムの村が反乱軍に壊滅させられた」


「サシャン市とその近辺はもう廃墟と化しているそうな」


 マヴァル帝国の現状が噂として伝わったのだから、無理もない反応であろう。


 元囚人が兵として命がけで戦うのは、父母妻子の元に帰るためであり、命がけで勝ち取る戦利品も父母妻子の暮らしを楽にするためだ。


 帰るべき故郷がなくなり、父母妻子の安否がわからぬとなれば、何のために戦うかに悩んで兵の士気や戦意が鈍るのも当然のことだ。


 この不自然なまでの動揺がアーク・ルーンの密偵による工作であると察したレヴァンは、その摘発に取り組んだが、アーク・ルーンの策はどこまでも巧妙であった。


 もし、密偵がマヴァル兵や兵糧を運ぶ人夫の中に潜り込んでいたなら、レヴァンも捕縛できたであろう。捕らえた密偵を処刑して、陣中に流れる噂を流言と否定すれば、多少は兵の動揺も鎮まったかも知れない。


 しかし、いくらレヴァンが血まなこになって捜そうが、アーク・ルーンの密偵を見つけられないのは道理で、彼らは人夫らを通じて間接的に噂をバラまいているのだ。


 素人であった囚人たちも実戦の中で鍛えられ、しかも戦利品まで与えられて、心理的に余裕も出てきた。そうなると、兵も外の、つまりは故郷のことが気になってくる。特に、昨今のマヴァルの治世は酷く、内乱や戦乱でいくつもの村が消えている。


 兵は兵糧などを運んで来る人夫に話しかけ、自分たちの故郷のことを少しでも知ろうとする。アーク・ルーンの密偵はこの人夫たちになに食わね顔で接点を持ち、活動中に聞きつけたマヴァルの酷い話を吹き込んでいるのだ。


 人夫らも故郷のことを知ろうと必死な兵に対して、人情から知っている限りの話をしてしまう。


 これにより、祖国の酷い実状を知った兵たちは不安を抱いて動揺し、これが士気や戦意の低下につながっただけではない。


 高じた不安に駆られ、囚人兵が脱走するまでに至ったのだ。


 最初は数人ずつであったが、それが数十人となるのに、さして時を必要としなかった。


 兵の脱走に対して、レヴァンは見張りを強化し、捕らえた者を処刑して抑えようとしたが、一度、生じた流れはどうにもならなかった。脱走兵が見張りを殺すまでとなると、見張りも殺されぬように共に逃げる始末だ。


 レヴァンは戦うことなく一千の兵を失い、それが二千に届こうとしている。しかし、それより深刻なのは、見張りまで逃げ、軍の機能が低下、失われようとしていることだ。


「このままではダメだ。我が軍は戦わずに瓦解する。業腹だが、アーク・ルーンの陣地を攻めるより他にない」


 堅陣に強攻を仕掛けるなど愚の骨頂だが、それ以外にどうしようもないところまで追い詰められたのだから仕方がない。


 それでもレヴァンはその中で最善を尽くそうとした。


 配下の武将の一人、ダクワーズを帝都に派遣し、帝都の兵をまとめ、アーク・ルーン軍の背後を突くように命じたのだ。


 それから挟撃の体勢が整うまで、脱走によって兵を失い続けながら待ったレヴァンの、マヴァル軍の背後にアーク・ルーン軍が現れ、同時にアーシェア率いる七万のアーク・ルーン兵がレヴァンたちに襲いかかった。



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