東征編24
「撃てっ! コノート軍を近づけるな! 双剣の魔竜は絶対に近づけるなっ!」
フレオールの号令一下、アーク・ルーン軍から放たれた砲撃や矢の密度には、明らかなバラつきがあった。
マヴァルの国境を越えた直後、前面に展開するマヴァルに反旗をひるがえし、アーク・ルーンに降った約三万の反乱勢力と激突した、マヴァル帝国への援軍として派遣されたコノート軍一万は、これを一戦で大破して北上を続け、フレオールの率いる別働隊一万五千と相対した。
当初の作戦では、この別働隊を南北から挟撃するというものであったが、それに関して十万のマヴァル軍の指揮官たるレヴァン大将軍から、一万のコノート軍を率いるダルトー大将軍の元に詫び状が届いている。
アーシェアの率いるアーク・ルーン軍が東進を再開し、マヴァルの帝都を目指しているので、それを阻むためにレヴァンは自軍を転進させた旨を伝えると共に謝している。
もっとも、それに対して、ダルトーも軍師ジルトも、落胆はない。
アーク・ルーン軍が見す見す挟撃を許すわけがないし、そもそもこの挟撃作戦はアーシェアを引っ張り出すレヴァンの策であるのも理解していたからだ。
ダルトーはマヴァル軍の転進を全軍に告げると共に、単独でこれに挑むことも命じた。
一万五千対一万。勢いを得て戦えば、これくらいの兵力差はくつがえせる。
北上するコノート軍を迎え撃つべく、フレオールは一万五千のアーク・ルーン兵を見渡しの良い平原に布陣させたが、敵軍の意図に応じて決戦を挑むためではない。
平地に堅固な陣地を築き、弓兵と魔砲塔を柵の前に配して、守りを固めた。
守りを固めるなら、山林などに陣地を築いた方がいい。ただ、それはコノート軍に竜騎士、特にレイドがいなければ、だ。
守り易い地形は、兵が近づき難いが、双剣の魔竜の姿を見つけるのも困難とする。
険しい地形に身を隠されたなら、レイドの接近を許して陣内に斬り込まれかねない。そして、双剣の魔竜の戦闘力と剣技は、単独で一軍を引っかき回すことも可能だ。
また、コノート王国にはモニカも亡命している。山林に布陣した場合、モニカに風上を取られると、そこに乗竜たるフレイム・ドラゴンの能力で火をつけられ、火計にあいかねない。
コノート軍にはジルトという知恵者がいる。奇計を仕掛ける余地なくすため、フレオールはあえて守りに向かない平原に布陣したのだ。
ジルトも見渡しの良い平原で守りを固められたら、計略の仕掛けようがない。せいぜい、弓兵に大盾を持たせた兵をつけ、敵陣への接近を計るくらいである。
砲撃の届かぬ距離で、アーク・ルーン軍の陣地から放たれる矢を大盾で防ぎつつ、コノート軍も弓矢を射ち返す。
そうした弓矢の応酬の中、機を見てウィルトニアやレイドら、斬り込み部隊をジルトは敵陣に向かわせようとするが、フレオールはその動きに合わせて集中砲火を浴びせ、斬り込み部隊の、否、双剣の魔竜の接近を阻む。
レイドの実力もウィルトニアの実力も、フレオールは把握している。その集中砲火の指示は的確で、ジルトの指示による突撃の敢行は、アーク・ルーンの陣地に届くことはなかった。
これはジルトの才がフレオールに劣るからの結果ではない。コノート軍に対して、アーク・ルーン軍は数で勝るだけではなく、装備・練度といった総合的に上回る上、有利な戦況も築いたからこそ、ジルトの才もレイドの武も封殺されているのだが、
「つまらん戦いだな」
長弓を手にするグォントが、フレオールにそうグチる。
フレオールの指揮する別働隊の内、五千はグォントの師団である。
そのグォントは積極攻勢型の武将だから、専守防衛は性に合わないが、
「スラックス殿と戦った時は、心、躍ったというのに」
「スラックス将軍と比べられたら、どうしようもないな。しかし、スラックス将軍の元で戦おうが、うちの戦いは基本的につまらんぞ」
それ以上に、敵を弱め、弱体化させ、つまらないほどカンタンに勝てる状況を整えてから戦いを仕掛けるアーク・ルーンの方針が、カシャーンの元将軍の気質に合っていないのだろう。
突き詰めれば、グォントは闘将である。強敵に噛みつき、その喉元に牙を突き立てほふるか、あるいは自らの牙がどこまで突き立つか。それこそグォントの求める戦だ。
スラックスという重厚な肉の歯ごたえに満足する反面、弱敵という柔らかい肉を噛み千切っても面白くないのだ。
そんな苛立ちを抑えるか誤魔化すかするため、グォントは長弓を手に弓兵に混じっている。スラックスとの戦いで見せた奮闘は伊達ではなく、グォントは武人としても優れているが、
「打って出たければ、その弓で双剣の魔竜を仕留めてくれ」
「無理を言うな」
人の姿であろうと、レイドはドラゴン。矢の数本が刺さっても倒せるものではない、ということはない。
グォントの矢筒にはドラゴンをも射倒す毒矢が入っている。この矢を当てずとも、かすめるだけでもレイドを倒すか、少なくともマトモに動けなくできる。
だが、武の頂きに迫るレイドに、矢をかすめさせるだけでも、至難の業だ。グォントの放つ矢は、双剣の魔竜にかすりもしない。
「では、待つしかないな。コノート軍がコノート軍でなくなるのを」
そうなれば、グォントも弓矢ではなく、剣を握ることはできるだろう。
しかし、その時には、目の前の重厚な肉が、噛み応えのない代物に成り果てているであろうが。




