東征編23
マヴァル帝国というより、実質的にはレヴァンの要請に応じる形で、コノート王国が北の隣国に派遣した援軍は一万。指揮を採るのは、コノートの大将軍ダルトー。それにジルト、ヴェーダ、さらにウィルトニア、レイド、モニカも従軍している。
コノートの将軍、ヴェーダは、リムディーヌの第十二軍団と対峙していた。それはウィルトニア、レイド、モニカも同様である。
リムディーヌの第十二軍団と対峙しているコノート軍は、膠着状態に陥って久しい。戦いがないのだからと、西を守るコノート軍の一部を引き抜いたというのは、表向きな理由。
マヴァルに向かう一万の構成は、ヴェーダを筆頭に抗戦派が多くを占める。ヴェーダたちが国外にいれば、コノート王国はアーク・ルーンに降伏がし易い。
一方、抗戦派を国外に連れ出す、しかも今は同盟関係にあるとはいえ、それ以前は侵略者としてコノートを苦しめてきたマヴァルの援軍としてヴェーダたちを赴かせるのに、
「思うところはあるでしょうが、マヴァルをここで助けねば、コノートは苦しいことになる。それにマヴァルが滅びても、マヴァルの南端と残党を確保すれば、アーク・ルーンが北からも押し寄せても対処が可能になるかも知れません」
ジルトはそのような論法を用いた。
言うまでもなく、ジルトも、そしてダルトーも、たかだか一万の援軍で、マヴァルが現状が好転して、アーク・ルーン軍を撃退できるとは毛ほども思っていない。マヴァルの援軍の要請に応じたのは、国内の降伏の障害を国外に連れて行くためである。
ジルトもダルトーも、援軍として率いるヴェーダやウィルトニアを、マヴァルの地で殺すつもりだが、犬死にさせる気はない。戦って死なねば収まりのつかぬ者たちの死に場所を整えるため、マヴァルの地に引っ張って来たのだ。
無論、アーク・ルーン軍の鼻先に無防備で突き出し、ヴェーダたちを処理させるのが、最も賢いやり方だ。しかし、ダルトーもジルトもそこまで非情に徹することができず、アーク・ルーンの不興を買う覚悟で一万の兵と共に、勝てぬ戦を戦い抜く所存だ。
当然、コノートやエドアルド王の不利益とならぬよう、二人は詰め腹を切る覚悟もできている。
それにダルトーにしてもジルトにしても、アーク・ルーンの侵略に対する不愉快さと、一泡、吹かせてやりたい心情に偽りはない。
もっとも、アーク・ルーン軍と戦う前に、ジルトたちの前には約三倍に及ぶマヴァル兵が立ち塞がっている。
正確にはアーク・ルーンに降った、マヴァルにおける反乱勢力の集合体だが、ジルトは敵を遠望しただけで、
「大した敵ではありません」
息子の言葉に、ダルトーも大きくうなずく。
コノート軍を迎え撃つ約三万の降兵は、フレオールに命じられて仕方なくという気持ちで戦に臨んでいるので、その士気や戦意は目に見えて低い。さらに雑多な反乱勢力の集まりであるので、内部はゴタゴタに加え、マヴァル軍の連戦連勝に対する動揺も抱えている。
「敵軍を見るに、協調もなければ、戦う覚悟も固まっていません。また、遠路より来た我が軍が今日は休み、明日からの戦いに備えると見ているようです。我が軍にはたしかに疲労はありますが、ここはこのまま戦端を開くべきです。さすれば、虚を突かれた敵軍は為す術なく、我が軍が勝利しましょう」
「青二才と思っていたが、実戦の初歩くらいはわかっているか」
そう言いながらも、ジルトの見解を父親は否定することはなかった。
策とはイタズラに弄すればいいわけではない。巧遅よりも拙速が有効な局面もある。小細工に時をかければ、それは相手にも対応の時を与えることになる。相手の準備が整っていないなら、強攻を仕掛けて機先を制する方がはるかに効果的だ。
「ウィルトニア殿とレイド殿に先頭に行ってもらい、斬り込んでもらえ。それに全員が続け。隊列を気にする必要はない。とにかく、走って斬りかかるように伝えよ」
アーク・ルーン軍なら虚を突いても、それに即応するだろう。それが隊列をマトモに組んでいない敵軍なら、そこを突いて逆撃に転じるだろうが、それはアーク・ルーン軍の練度があればこそだ。
アーク・ルーン軍のような練度がない敵軍に対する、ダルトーの判断と指示は正しく、それは一方的な戦果という形で数時間後に証明されることになった。




