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魔戦姫編3-2

 ライディアン竜騎士学園の医務室は、三つのベッドと薬一式が揃っている程度の、さして広くない一室の他に、薬品や医療器具の保管庫、重傷・重病に対応できるだけの医療設備の整った手術室が付属している。


 ロペス王国は七竜連合の中で、学芸が最も盛んで発達している。ロペス王は代々、文化への造詣が深く、何代か前のロペス王が音頭を取り、七竜連合に竜騎士学園を建てさせている。


 文芸のみならず、医学もロペス王国が秀でており、医療設備だけではなく、竜騎士学園には名医と名高い初老の医師が常駐しているおかげで、昨年、王女に必殺技を食らった男子生徒が一命を取りとめている。


 もっとも、昨年の一件は例外中の例外で、ドラゴン族の生命力や回復力を体現できる竜騎士は、基本的に自分で傷を治してしまうし、病などで倒れることもない。


 医務室に運ばれたモニカも、医師の助手が診察し、単なる寝不足と診断され、優れた医療設備や名医の出番なく、ベッドの一つで穏やかな寝息を立てている。


 すでに午後の授業が始まっている時刻だが、モニカを運んだフレオールと、彼につき合う形でいるイリアッシュ、そしてウィルトニアから任された形のミリアーナは、医務室に残って苦学生の様子をうかがっている。


 竜騎士学園で最大の問題児であるフレオールだが、授業そのものをクラッシュさせこそすれ、欠席や遅刻とは今まで無縁なので、一回くらい授業に出ずとも問題はない。


「ちょっと無責任だったかな。一応、任されたんだから、もっと気をつけるべきだったよ」


 落ち込んだ表情で、ゼラントのお姫様は反省の弁を述べる。


 ミリアーナに気を遣う余裕を与えられない最大の原因は、難しい顔で何やら考え込み、


「去年も彼女は仕事中、さっきと同じく食堂で倒れ、それをウィルが医務室まで運ぶということがありました。それがモニカの抱える問題に気づく結果となったのですが、その時はそうしたことが倒れた原因ですまし、深く考えませんでした。けど、彼女のように休む間もなく学業と仕事では、たしかに倒れてもおかしくありません」


「……いや、そう何度も倒れているなら、ウィルトニア姫がそうした点を注意するだろうし、そもそも何とかしようと動く気がする。他の姫らも、特に気を配っていた様子もない、その点が引っかかるんだ」


「たしかにおかしな話ですね」


 フレオールの指摘に、イリアッシュは大きくうなずく。


 フレオールよりはるかに従妹や、ティリエラン、クラウディア、ナターシャの性格を知る彼女からすれば、あり得ない話だった。


 イリアッシュはアーク・ルーンに祖国が攻められた時点で学園を去っているし、ミリアーナは今年度から学園に身を置いているので、モニカの医務室の利用回数はわからない。が、そうひんぱんに倒れているようなら、一生徒のこととはいえ、生徒会が傍観しているとは思えず、何より自国が大変な状況であったからといって、ウィルトニアが放置するとも思えなかった。


「この生徒が倒れて運ばれたのは二度目だ。何度も倒れていたなら、学園に改善や配慮を要求している」

 ライディアン竜騎士学園に養護官として勤務する無愛想な青年が、いつまでも医務室に居座る三人に憮然と告げ、今日の医務室の利用者、寝不足で倒れたモニカのことを報告書にまとめていく。


「これは、ウィルトニア姫がいなくなったから、倒れたんじゃないか?」


「どういうこと?」


「ウィルトニア姫がこの人の精神的な支えになっていたって気がしてな」


「ああ、その可能性はあるね」


 素人の見解に、専門家が同意を示す。


「イリア、モニカ先輩が前に倒れたのは、去年の今ぐらいか?」


「いえ、もう少し経ったぐらいと思います」


「彼女が学業と仕事を同時にこなしていたのは、いつぐらいからだ?」


「ハッキリとはわかりませんが、入学してすぐと思います」


 まだ平和で、何の不安もなかった時分を、遠い昔のように思い出しながら、あやふやな答えを口にする。


 イリアッシュは生徒会に属する身として、生徒らの学園生活に気を配っていたが、さすがに一人一人を細かに見るのは物理的に不可能だ。あくまで全体的に生徒の様子を見ていただけの生徒会会計は、モニカのことをウワサで聞いても、大変な生徒がいる、という程度の認識だった。


 モニカのイジメ問題や、その家庭事情を知ったのも、倒れた彼女を助けたのを機に、色々と聞き出したウィルトニアからの訴えで、ゼラントの不名誉が表面化したからである。


「最初のは、慣れない学園生活に仕事が加わったためで、今日はこれまでの疲れが出たからとも考えられる。ただ、一方で、気になるのは、最初と今で一年ちかい開きがある点だ。だから、最初はいじめによる精神的な圧迫が、今日のはウィルトニア姫がいなくなって、精神的に不安定になったからと思ったんだ」


「あり得るな。精神面がしっかりしていた時期は耐えられる肉体的な負担も、心が弱ったため、肉体的な踏ん張りが効かなくなったというのは。無論、単にたまった疲労のせいもあるから、早計は禁物だ」


 養護官の最後のセリフは、素人三人を戒めるためのものだろう。


 素人判断で勝手なことをされては、患者にどんな悪影響が出るかわからないというもの。


「なあ、仮に、精神的な問題とすれば、どうすればいいんだ?」


 単なる過労なら、仕事量を減らしてもらうしかない。が、心の問題となると、そう単純にはいかない。


 養護官はしばし考え込んでから、


「その点も視野に入れ、彼女には対応する。だが、基本的な話をすれば、頼るべき存在に代わる相手を得るか、頼る相手がおらずともいいよう、心を強く持つか。弱った心でも大丈夫な環境を整えるか、だ。とにかく、心のケアは体を治すようにはいかない。身近な人間の気配りが、医者以上に重きを成す」


 おそらく、彼はフレオールらが違う学年で、患者にとっては、名前しか知らない存在であるなど、想像もしていないだろう。


 特に、ミリアーナなど頼っていい立場ではなく、モニカからすれば、粗相をすれば一族の歴史に幕が下りかねない、気の抜けない相手だ。


「よくウィル先輩、彼女を安心させられたと思うよ」


 同じ王女として、ミリアーナは嘆息するしかなかった。


 クラウディアとナターシャが同室なのは、元々、小さい頃からの顔見知りなのに加え、王女と同室にさせられる生徒の心情を配慮したからだ。


 ウィルトニアと五日でルームメイトを解消したシャーウの王女は、ティリエランと同室の間は良かったが、シャーウ出身の女生徒と相部屋となるや、医務室に胃薬を取りに来る常連ができるようになった。


 貴族からすれば、王族との相部屋など悪夢以外の何物でもないだろう。国が同じでも身分が違えば、父兄や実家が睨まれないよう、ひたすら気を遣わねばならない。


 国が違えば違うで、外交問題とならぬよう、神経をすり減らさねばならず、気の休まる暇がないのだ。


「ミリアーナ姫の前で何ですが、今だから言えば、やはり私もティリーと相部屋だった時、どうしても少し神経質になってしまいましたね。ティリーがどうこうではなく、やはり王女である点を意識せずにいられないんですよ」


 ウィルトニアの従姉であるイリアッシュは、上流階級同士の義理事で、ティリエランとは小さい頃から面識があり、そうして何度も会う内に仲良くなった。だから、ライディアン竜騎士学園に最初に入学する際、学園側からロペスの王女との相部屋を打診され、二つ返事でそれに応じ、後で軽く後悔することになる。


 ティリエランの私生活はその几帳面な性格どおりの規則正しいもので、特に問題や欠点を感じることはなかった。が、それでも、相部屋で寝起きを共にする際、その身分に対して気兼ねしてしまうことがあるのだ。


 真っ当な貴族というのは、生まれた時から王族への忠誠を叩き込まれるので、無意識に臣下として行動せずにいられないのである。ネドイルのように、自己の権力に邪魔という理由で、鼻歌まじりに皇族への処刑執行書にサインできる者など、極少数なのだ。


 ちなみに、ロペスの王女との共同生活は、三年目に突入してすぐに終わりを迎えた。ワイズの王女との相部屋に不満を爆発させたフォーリスが、当時の生徒会長だったティリエランの元に部屋替えの直談判にやって来て、小一時間なだめてもおさまらず、イリアッシュが荷物をまとめて従妹の部屋に行くことになったからだ。


 さらに、ウィルトニアがモニカを自室に連れ込んだため、イリアッシュは荷物をまたまとめて、モニカのいた部屋に移り、一面識もなかったゼラントの一年生とようやく良好な関係を築いた矢先、アーク・ルーンが祖国に攻め込んだので、またまたまとめた荷物を乗竜ギガの背に載せ、父親の元に向かうことになった。


「つまり、ボクがモニカの側にいると、逆に心労の原因になりかねないのか」


 お姫様であるだけに、辟易するくらい家臣に頭を下げられるミリアーナは、それを寝るまでやらされる臣下の心中を想像できるくらい、柔軟な思考の持ち主であった。


「けど、ウィル先輩は本当に何をして、モニカをこうならないようにしたんだろう?」


「いや、ウィルのことだから、何もしなかったと思いますよ。細かな配慮なんてできませんから、絶対」


 戦闘時以外は大雑把な従妹をよく知るイリアッシュが断言する。


「気を遣わなかったのが、むしろ良かったのかも知れないな。あと、ウィルトニア姫はモニカ先輩を助け、その姿勢を一貫して崩すどころか、揺るぎもしなかったから、絶対的な信頼を得たとも想像できる。あのお姫様の性格なら」


「たしかに、そうでした。モニカのことで、ゼラントの面々があーだこーだと、どれだけうまく理屈をこねようが、ウィルは耳を貸さず、ずっと文句があるならかかって来いって感じでしたね」


 一切の雑音を気にせず、己個人だけの道理を曲げない。誰でもやろうとすることはできるが、大半はやり遂げることができない振る舞いだ。


「もし、そうなら、ウィルトニア姫を絶対視してもおかしくないが、それだけにいなくなると、心が脆くなるのも当然だな」


「たぶん、ウィルとっては当たり前に振る舞っているだけだから、それがどれだけ大層なことかも、モニカの支えになったかもわかってないのでしょうね」


 当人が大したことをしてないと思っているなら、軽い気持ちでウィルトニアはミリアーナに無茶ぶりをしたのだろう。


「……話はわかったし、参考にもなったが、素人の先走りはそれくらいにしてもらおう。まずは心の問題かをこちらで確認する。あなた方はそろそろ教室に戻るように」


 専門家にそう釘を刺されては、素人たちは医務室より去るしかなかった。


 完全に遅刻している三人は、ティリエランに怒られに向かった。



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