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東征編22

 カーヅのような空論家と違い、レヴァンの軍事行動は着実に成果を挙げており、この日もマヴァルに反旗をひるがえした貴族の一人を十万の軍で威圧して無血で降した。


 離反した貴族や決起した民は元は味方であり、敵はあくまでアーク・ルーンだ。マヴァル人同士で殺し合っても、アーク・ルーンに利するだけである。だから、レヴァンは反乱勢力は投降すれば罪を免じるとまず呼びかけ、なるべく血を流さねように努めている。


 無論、アグシャー伯爵らの時のように討たねばならぬ裏切り者もいれば、投降に応じぬ者もいる。その時はレヴァンも兵を以て討伐し、その際の戦利品は兵に分配している。


 レヴァンの率いる兵の七割以上は囚人である。手柄を挙げれば免罪とする条件で兵としたが、レヴァンは彼らに戦利品を分配することで、その士気と意欲を更に高めた。


 今、マヴァルの民は誰もが重税に苦しんでいる。だから、囚人たちも身ひとつで家族の元に帰るのと、戦利品を携えて帰るのでは、帰郷した後の生活が異なってくる。彼らは少しでも多く戦利品を得ようと、目の色を変えて戦うだろうし、レヴァンもそれを意図して戦利品を分配しているのだ。


 自軍の盛んな戦意と連戦連勝という成果に、カーヅを排除したダクワーズとノスルは自らの正しさをより確信したが、レヴァンとしては二人のように無邪気に喜ぶ気にはならない。


 連戦連勝と見た目には勢いに乗るマヴァル軍だが、その軍事行動は難しい時期に差しかかっている。


 帝都一帯の反乱勢力の掃討をほぼ終え、その過程でにわか仕立ての囚人兵も戦いに慣れてきた。アーク・ルーン軍に挑めるだけの軍に仕上がったが、肝心のアーク・ルーン軍は守りを固めて動こうとしない。


 悠々とアーク・ルーン軍が動くのを待つことはできない。囚人兵は祖国を守るためではなく、家族の元に帰るために戦っているのだ。免罪と戦利品で戦意を維持するのにも限界がある。いつまでも家族の元に帰れぬとなれば、囚人兵はいずれ動揺を始めるだろう。その動揺が士気や戦意の低下につながるのは明白だ。


 これまでのアーク・ルーン軍の動向から、マヴァル軍の士気が低下すれば、そこを狙って動き出すだろう。そして、十万を数えようが、及び腰の兵ではアーク・ルーン軍と勝負にならない。


 士気の高い内にアーク・ルーン軍と戦わねばならないが、そのアーク・ルーン軍は国内三ヵ所で守りを固めている。


 軍学の常道を思えば、アーシェアの本隊を討つべきだ。幹を断てば枝は枯れる。本隊が討たれたなら、南北の別働隊は自然と立ち行かなくなるだろう。


 だが、その戦術を選択した場合、西の城塞における攻防の二の舞いになるだけだ。


 天険の地に拠るアーシェアの率いるアーク・ルーン軍を強攻して、レヴァンの率いるマヴァル軍が犠牲を出し、疲弊したところに、背後からムーヴィルやフレオールの率いるアーク・ルーン軍が襲いかかってくるだろう。


 そこにアーシェアの率いるアーク・ルーン軍が出撃してきた場合、マヴァル軍は前後、あるいは三方から攻め立てられることになる。


「全軍。南へと転進。コノート軍と呼応して、アーク・ルーン軍を挟撃する」


 それがレヴァンの下した判断、打開策であった。


 まず別働隊を撃破してから本隊という、迂遠な策ではない。コノート軍との挟撃で別働隊が不利な戦況となれば、アーシェアはそれを助けるべく動くはずだ。つまり、南に向かうのは、枝を折ると見せかけて、幹を引っ張り出すための策なのである。


 無論、アーシェアは、アーク・ルーン軍はレヴァンの策と考えを読むだろうが、それで本隊が動かねば、別働隊が挟撃されて危機的な状況になるだけだ。だから、策と承知の上で動くしかないのが、レヴァンの策の巧妙さだ。


 ただし、マヴァル軍にもリスクは大きい。


 南の別働隊を助けるべく、アーシェアの本隊がマヴァル軍の後を追ったとする。そこでマヴァル軍が反転すれば、レヴァンはアーク・ルーン軍との決戦に持ち込める。


 当然、この時、フレオールはマヴァル軍の背後を突き、挟撃を計るだろうが、ここでコノートの援軍と対峙していれば、南の別働隊は動くに動けない。


 しかし、現在、コノートの援軍の前にはアーク・ルーン軍に降った反乱勢力が立ち塞がっている。コノートの援軍がこれで足止めを食えば、マヴァル軍は逆に挟撃されることになるのだ。


 レヴァンは危険を、否、全てを承知で、乾坤一擲の挙に出た。


 祖国の命運をこの策に託して。



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