東征編15
コノート王国の第一王女エリシェリルの要請と意向に応じ、コノート軍の陣中にある天幕の一つに、ドッヘル、カイントス、ヴェーダの三人の将軍と、ジルト、ウィルトニアが集い、全員が円卓に着くと、
「……ウィルトニア殿。先は危うきところを助けていただき、ありがとうございます」
そう礼を述べるコノート王女の表情と声音にやや複雑な色が見られ、ワイズの元王女は軽く頭を下げながら内心で苦笑する。
いや、内心で苦笑しているのは、コノートの三人の将軍も同様であった。
エリシェリルがジルトに好意を寄せているのは、コノート王宮で知らぬ者がいないほど有名な話だ。その手の機微に聡いわけでもないウィルトニアとて気づくほど。気づいていないのは、ジルト当人ぐらいだ。
そのジルトはウィルトニアが亡命して来てより、共にいることが多い。頬に傷こそあるが、ワイズの元王女が美人でプロポーションも良いから、エリシェリルとしては気が気でない。エリシェリルも可憐な容姿の持ち主だが、発育が同世代の同性に比べて劣る点にコンプレックスを感じているので、余計にウィルトニアの存在と胸囲が気になってしまうのだ。
もちろん、ジルトがウィルトニアの側にいることが多いのは、熱心に口説いているからではなく、アーク・ルーンに関する情報を手に入れるためである。
アーク・ルーン軍と直に戦ったことさえあるウィルトニアは、コノートからすれば情報の宝庫だ。聞いておかねばならないことはいくらでもある。
実のところ、ウィルトニアを質問攻めにしたのはジルトのみではない。エドアルド四世、フンベルト、ダルトーらもアーク・ルーン軍の戦いぶりについて、多くのことを問うたのだ。ただ、エリシェリルにとって、父王らがウィルトニアと共にいる場面よりも、ジルトが共にいることの方が強く意識してしまうのだから仕方ない。
加えて、コノート王宮の使用人たちもジルトとウィルトニアが共にいる場面の方を、他愛もない噂話の題材にしたのも、エリシェリルの過敏な反応の一因となっていた。
エリシェリルの恋心を知っているからこそ、使用人たちは恋の鞘当て的に面白半分に話しているだけなのだが、幼い時からずっと自分の想いが通じずにヤキムキしてきたコノートの王女からすれば、他愛もない噂話すら聞き流せるものではなかった。
ただ、実態はエリシェリルが過敏に反応し、周りが無責任に囃し立てているだけで、ジルトにしろウィルトニアにしろ、アーク・ルーンといかに戦うかについて考え、話し合うだけの間柄なのだ。この場でもジルトは軍師の、ウィルトニアは戦士としての顔を見せるのみで、男女の艶っぽい雰囲気とは無縁であるがゆえに、エリシェリルも恋敵といった態度を取るに取れず、微妙な表情と心情となってしまうのである。
言うまでもなく、エリシェリルの想いがこうも空転しているのは、ひとえにジルトの鈍感さが原因である。今もジルトは、コノート王女の心情にまるで気づかず、コノート王国の安楽死にのみに心を砕いている。
ともあれ、エリシェリルの密かな想いには気づいていても、アーク・ルーンとの密約に気づいていない将軍らは、
「……姫様のご懸念、うかがいもうした。早期に目の前のアーク・ルーン軍を撃破しておかねば、遠からずコノートは二正面作戦を強いられ、苦境に陥るとの見解ももっともにございます。ですが、そうとわかっても、ヘタに打って出れば数に劣る我らは不利な戦いを演じるだけです」
「そもそも、ここにいるのは守るに充分な兵のみ。軍の方針としても、陣を築いて固く守り、アーク・ルーン軍が退くのを待つと定まっております。アーク・ルーン軍との決戦に臨むならば、先に軍全体の方針を転換し、決戦に臨めるだけの体制を整えるべきであります」
指揮官たるドッヘル、副将たるカイントスは、堅実な用兵家であるので、この二将の反応はエリシェリルとて予想していないわけではなかった。
「それがし自身は今すぐ打って出て、侵略者どもを蹴散らしてやりとうございます。しかし、アーク・ルーン軍が精強であるのは揺るがし難い事実。また、カイントス卿の申すとおり、打って出るには、我が方が数の分だけ不利なのも事実。決戦に臨むなら、最低限、増援を得るべきでしょう。どう戦うかを論じるのは、それからの話ですぞ」
ヴェーダは強硬派に属するが、それでも王女の軽率な出戦に難色を示した。
エリシェリルも軍事に無知というわけではないので、三人の将軍の主張が理解できぬわけではないが、
「ジ、ジルトよ。何か良い策はないか?」
「姫様。それは無茶というものです。私はここに到着したばかりなのですよ。現地の状況がわからぬでは、策の立てようがありません」
救いを求めた軍師は、むしろ王女の勇み足をたしなめようとする。
「それに私は何度もこの地に足を運んでいるのです。姫様が望むような策が胸中にあるなら、とっくにドッヘル閣下らと協議しています。そのような妙策がないから、守りに徹するより他に方策がないのです。無理に短期決戦を臨めば、マヴァル、ロシルカシルの二の舞いとなるだけです」
「だが、ジルト。そなたは妙策によって、数に上回るマヴァル軍を撃破したことがあるではないか」
「そのマヴァル軍にアーク・ルーン軍は大勝しています。マヴァル軍ならばともかく、それを上回る大敵に勝つだけの策となれば、易々と思いつくものではありません」
「しかし、このままでは、我がコノートは……」
「だからと申して無謀な出戦をすれば、それこそコノートはおしまいです。数で劣る我らは守りを固めるより手はありません。後は、守るだけの我らにアーク・ルーン軍が焦るか、侮るか、隙を見せたならば、数に劣る我らにも勝機が出てきましょう。無謀な出戦はいつでもできること。守りつつ、戦機をうかがうより、今の我らに方策はないのです」
もちろん、この程度のこと、ジルトは王宮で王女に説いているが、エリシェリルはそこでは納得しなかったのだ。だが、わざわざ赴いた最前線で、ジルトの見解にドッヘルら、現地の将軍らが大きくうなずくと、エリシェリルも今度こそ渋々ながら納得するしかなかった。
もちろん、遠からず訪れる危機をどうすることもできない歯がゆい思いにを抱えたままで。




