東征編14
アーク・ルーン、いや、リムディーヌとの密約があるとはいえ、それは無為無策でいいことと同義とジルトは考えなかった。
むしろ、小細工でもいいから弄して、アーク・ルーン軍との膠着状態をそれらしく見せるべきだろう。
そのジルトの小細工の一つが、ウィルトニアとレイドのみによる周辺の警戒と偵察であった。
たった二人、いや、一人と一匹だけとはいえ、普通の偵察隊がこれと遭遇した場合、数が五倍、十倍といようと、どちらが勝つかなど言うまでもない。
これではリムディーヌはヘタに偵察隊を送り出せず、コノート側は小細工がやりたい放題とは、ならなかった。
密約に従い、ジルトは自分の手札をリムディーヌに密かに伝えてはいるが、所詮は小細工、アーク・ルーン軍ならばどちらにしても対処していただろう。
リムディーヌはウィルトニアとレイドに対抗するため、偵察隊に数体の魔甲獣を同行させた。無論、魔甲獣などを同行させれば偵察隊の隠密性が失われるが、そうして周辺警戒を行えば、コノートに好き勝手に小細工されずにすむ。
数体の魔甲獣くらい、ウィルトニアとレイドならば倒せなくはないが、それはジルトが止めた。
それはアーク・ルーンとの密約をおもんばかってのことではなく、ヘタに刺激すると罠を仕掛けてウィルトニアとレイドを始末しようとするからだ。
アーク・ルーンにはドラゴンをも仕留める毒がある。かつて、ヅガートにその毒を塗った矢でレイドは殺されかけている。リムディーヌの才知なら、双剣の魔竜を仕留めることもできるであろう。
かくして、ジルトはウィルトニアとレイドを、リムディーヌは魔甲獣を使い、互いの小細工を封じて、開戦より膠着状態に終始するように計り、その点には両者、成功はしてはいた。
ちなみに、コノート軍の陣中には、ウィルトニアと共に亡命してきたモニカもいるが、彼女はこの偵察任務に従事していない。それ以前、ヘタに動くことを禁じられている。
特別な訓練を受けていなければ、ドラゴンの臭いに動物は恐がる。アーク・ルーンや、七竜連合と国境を接していたマヴァル、マグなどは軍馬に特別な訓練を受けさせているが、コノートの軍馬はドラゴンの臭いをかぐと、恐慌をきたす。
ドラゴニアンなら、人の姿を取っていればその心配はないが、モニカの乗竜はフレイム・ドラゴン。ヘタな運用をすると、コノート騎兵の方に混乱が生じてしまう。
今のアーク・ルーンは竜騎士を保有しているので、コノートも軍馬にドラゴンの臭いに慣らす訓練をしているのだが、全ての軍馬にその訓練が行き届くのが何年先になるのかわからぬのが現状だ。
アーク・ルーン軍への牽制のため、いつもの偵察・哨戒任務に従事していたウィルトニアが、たまたまジルトたちを発見したわけではない。ブラヴたちの目論見を察したわけではないが、ジルトは万が一を考え、出発する前に早馬を走らせて、ウィルトニアにいつもの任務のついでに自分たちの出迎えを頼んだのだ。
早馬が伝えたジルトの頼み事に軽い気持ちで応じたウィルトニアだったが、アーク・ルーンの陣地に向かう馬車の車輪の跡、何頭もの蹄の跡に気づくと、レイドを従えて慌ててそれを追って軍馬を走らせ、コノートの内輪揉めの現場に遭遇したのである。
ウィルトニアはブラヴたちに投降を呼びかけたが、すでに覚悟を決めた七人の元近衛騎士は元王女に斬りかかっていく。
その表情から心中を察し、ウィルトニアとレイドはブラヴたちを討ち果たすと、エリシェリルを守って自陣にすぐ引き返した。
近衛騎士の凶行という思わぬ事態が生じたものの、エリシェリルは自らの動揺と疲労を制して、自軍の陣地に到着するや、ジルトの同席の元、アーク・ルーン軍と対峙するコノート軍の主だった者たち、そしてウィルトニアを天幕に呼び集めた。
すでに定まっている祖国の命数を延ばすために。




