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魔戦姫編3-1

「我は求めん! この身を害するモノを排する護り!『マジカル・キャンセラー』!」


 ライディアン竜騎士学園の昼食時、食堂でおなじみになりつつある光景が、川魚や野菜の揚げ物の前で繰り広げられる。


 不意打ちで刃をかわせずに死ぬなら、己の技量が足りぬと納得できるが、毒殺で死んでは武芸を鍛え上げた意味がない。


 それゆえ、食前の祈りの前に、フレオールは毒を無効化する魔法を使ってから、食事を始めるのが、この魔法戦士の習慣になりつつあった。


「魔法のことはよく知らないけど、こういう食事の時は使う必要はないと思うけど?」


 先に食前の祈りをすませ、揚げ物に手をつけているミリアーナがそういう疑問を呈したのは、今日の昼食がいつもの注文式ではなく、たまにあるバイキング式だからだ。


 各自があらかじめ用意された食べ物、飲み物を思い思いに取るのだから、これで毒でも盛ろうものなら、誰が当たりを引くかわからない。


「まっ、用心に越したことはないからな。極端な話をすれば、全員がイリアと同じことをしていたら、オレだけ毒に引っかけるのも不可能じゃない」


 自分で皿に盛った揚げ物を口にしつつ、フレオールが応じる。


 隣で食事をしているイリアッシュは、食堂で食事をする時、ドラゴンの耐性をその身に発現して、毒が効かないようにしているが、これは竜騎士とその見習いなら、誰でもできることである。


 あらかじめ教官や生徒が全員、毒料理が平気なようにしておけば、フレオール一人の毒殺もできないわけではない。


 生徒会室で昼食を取らない場合、フレオールはイリアッシュが隣に座るだけではなく、ミリアーナとシィルエールも側につき、さらにクラウディアまで加わる、男子がうらやむ配置で食事をしている。


 言うまでもなく、バディン、ゼラント、フリカの王女が敵と同席するのは、怒りと憎悪で侵略者と裏切り者を料理せんとする者を牽制するためである。


 だから、ミリアーナはそれとなく周りをうかがいながら揚げ物を食べ、シィルエールも硬い表情でサラダに手をつけている。


 ちなみに、フォーリスやナターシャは離れたテーブルで食事をしており、面倒ごとを一年生ふたりに丸投げしているが、これは仕方ない一面がある。


 学年ごとに授業の終わり時間や食堂までの移動距離が微妙に異なり、足並みを完全に揃え、七竜姫が食堂に来るのは無理なのだ。


 だが、何よりそれを阻害するのは、金魚のフンのごとき同胞で、七竜姫というより、派閥のトップが座った場所の周りには、自然と同じ国の者が集まってしまう。


 今日の場合、ミリアーナとシィルエールの周りがゼラント、フリカの生徒で固められ、少し遅れてきたフォーリスやナターシャが、フレオールの側に座ろうとすると、両国の生徒を誰かどかさねばならない。


 さらに、どかして座ったお姫様の、なるべくその近くに家臣らは陣取ろうとするので、フレオールを中心に生徒が過度に密集してしまい、それはそれでもめごとの原因になりかねない。


 フレオールが復帰して三日目、幸いにして決闘があってから場外乱闘は発生していないが、それも生徒会メンバーがフレオールとの同行を最優先課題としているからだろう。


 敗北というより、屈辱は場合によっては、時をかけて心の余裕を食い潰していき、日ごと募るケースもある。新年度の最初の休学日に起きた事件など、その典型と言えた。


 十連敗の後、フレオールが近くにいるだけで、入学式のような反応が見られるようになり、生徒会メンバーはまるで気が抜けない。


 特に、十敗の内の四つはシャーウのものなので、フォーリスの周りにいる生徒らは、一際、とげとげしくフレオールを睨んでいる。


 四敗したシャーウの男子生徒は、自分たちの姫が副会長になったので、前副会長が勝ったフレオールを破り、フォーリスの立場をより確固たるものとしようとした節がある。


 その幾分か忠義の混じった敗北に、シャーウの王女は無意識のことなのだろうが、家臣に冷たい目を向けているので、シャーウの生徒らは魔法戦士への逆恨みを募らせている。


 が、負け犬に睨まれている方の視線は、十代後半の大盛な食欲の前に、絶え間ない補充が必要な料理を運ぶ、一人の若いメイドに釘付けになっている。


 この場にいる誰よりも若く見えるそのメイドは、背丈のわりに発育が良く、幼い顔立ちは基本的に愛らしいのだが、汗をかいて疲れが濃い点と、やや長い目な砂色の髪を、ただ仕事の邪魔にならないだけで束ねていることが、大きなマイナスとなっていた。


 食事をしながらであったが、フレオールは彼女を見ながら、何度も首を傾げているので、


「フレオール様、ああいうコがタイプなんですか? やっぱり、胸ですか? メイド服の方なら、今すぐ着ますよ? それこそ、四六時中、ご奉仕させてもらいます!」


「だから、そういう発言をするな。一応、誓約書を提出しているんだから」


 脳天に軽く手刀を落として、イリアッシュを黙らせる。


 ライディアン竜騎士学園で男女の相部屋は、フレオールとイリアッシュのみである。


 年頃の男女を相部屋にするなど、毎晩、ベッドを一つしか使わないのが目に見えているが、裏切り者が元味方の報復を理由に、夜に相撲やプロレスをしない旨を誓約書にしたため、強引に学園側に悪しき前例を認めさせたのだ。


 フレオールを睨みつける視線に、悔しげな男子生徒のものと、汚物を見るような女子生徒のものが加わり、ミリアーナやシィルエールは顔を赤らめ、監視対象から目をそらす。


「けど、真面目な話、彼女を夜も働かせると、勉強の時間がなくなりますから、勘弁してあげてください。何より、弱い立場のコだから、それでフレオール様との取引材料になるならと、彼女の一族の悲願も気にせず、ゼラントが命じるかも知れませんので」


 脳天をさするイリアッシュが注意すると、


「やっぱり、生徒か。何か、二年の授業を見学した時、見たような気がしたんだ」


「そうか。君は彼女のこと、知らなくても当然か」


 フレオールやイリアッシュとは別の点で、学園唯一の例外なので、ミリアーナが侵略者も知っていると思い込むのも無理はないだろう。


「けど、生徒が学園で働いているなんて、ってのは気にしない方がいいか?」


「誰でも知っていることですが、彼女はゼラントの方ですので……」


「ああ、別にいいよ。ボクは去年いないから、イリアッシュの方が詳しく説明できると思うから」


 メイド服を着ている女子生徒はゼラントの出身なので、ミリアーナに許可を求めたのだが、例え否と言われても、夜、疑似的な異界化した自室で話せばいいだけのことでもある。


 去年、アーク・ルーンの侵攻の前の出来事な上、ウィルトニアが深く関わっていることなので、ミリアーナよりもイリアッシュの方が事情はよく知っているのもたしかだ。


「では、ミリアーナ姫から許可が出ましたので、彼女、モニカの話をしましょう」

「ああ、頼む。たぶん、ウィルトニア姫の同室とか、その辺りだろうが、部分的にしかわからないのは、

むしろ気になる」


 もちろん、フレオールとしてはちょっと気になるからというものなので、ミリアーナが猛反対すれば聞くのを止めていただろう。


 この時点では、モニカの肉親らによって、ゼラント王国が滅びるなど、予想のしようもないゆえ。


「モニカはゼラントの地方豪族の生まれで、彼女でようやくドラゴン、フレイム・ドラゴンを得たという家です。ただ、一族の所領が五百戸しかないので、竜騎士となるのは、かなり厳しいみたいです」


 モニカの家のみで五百戸を所有しているのと、本家分家を合算しての五百戸では、意味合いと収支が大きく違って来る。


 例え収益が同じでも、家ひとつと一族すべてでは、支出がまるで違う。単純に、一家族と数家族では食費や雑費が数倍の差が出る。


 何より大きいのは、貴族ならでは交際費だろう。下級貴族同士の義理事だけでもけっこうな出費なのに、上流貴族へのつけ届けが家計をかなり圧迫するのだ。


「七竜連合において、竜騎士と騎士では、大きな隔たりがあります。だから、一族総出で倹約の上に内職にも寝ずに励み、代々の資産を使い果たした上に借金までして、ドラゴンの維持費と学園の学費を捻出しようとしたのですが……」


「まだ足りないから、ああして働いているわけか」


「はい。朝早くと昼休み、さらに放課後と休学日も、学園の雑用をこなしています。その上で夜は遅くまで勉強しているそうです。もちろん、授業と授業の合間も復習に当てているとか」


「そりゃあ、イジメの対象になるな」


 集団の中でそれに同調しない者は、その集団の攻撃の対象になる。ましてや、相手が自分たちより弱い立場となれば、攻撃にためらいなど生まれない。


 ミリアーナがもう一年、早く生まれていれば、


「事情があるから仕方ないよね」


 それだけですみ、むしろモニカを労っただろう。


 が、ウィルトニアに竜騎士としての未来をダメにされた男子生徒は、集団行動を乱すというより、いかなる事情があろうが、自分に従わない者を許さない、典型的な貴族だった。


「お恥ずかしい話ですが、私はモニカを助けるどころか、ウィルに自重するように言いました。ゼラントとの関係悪化を心配して」


 ライディアン竜騎士学園は、良くも悪くも出身国で固まり、集団を形成してしまう。問題が表面化しないと、ゼラントの集団内のゴタゴタに、生徒会も手を出し難いのだ。


「けど、そんな大貴族の若様を再起不能にしたわりには、ワイズとゼラントがもめたという話を聞かなかったが?」


 形だけとはいえ、フレオールは去年、ワイズに侵攻したアーク・ルーン軍の司令官だったのだ。ワイズとゼラントで大きな外交問題が起きたら、耳に入る立場にあったが、そんな話を聞いた覚えがない。


「不幸中の幸いは、まずウィルが問題を大事にしたので、生徒会が介入できた点でしょう。当時は私がいて、ティリーとクラウがいましたから」


 ティリエランは親友、クラウディアは将来、義理の姉となる予定だった間柄だ。


 そのクラウディアとナターシャの仲は良い。これだけのメンツがウィルトニアに心情的に味方したのだから、ゼラントの側は極めて不利である。


 フォーリスも、当時のイリアッシュを敵に回すほどバカではないので、中立として振る舞い、ウィルトニアを感情的に責め立てるようなことはしなかった。


「まあ、最大の要因は、アーク・ルーンが攻めて来て、それどころではなかった点でしょう」


「ははあ、ベル姉が後ろから手を回したな」


 七竜連合の内で仲違いが起こり、連合軍が結成されなければ、アーク・ルーン軍はワイズ軍の前に敗退していた。ベルギアットが、ゼラントの内通者らを通じて、ワイズとの関係悪化を招かぬようにしたのも当然だろう。


 もっとも、ベルギアットが何もしなくても、ゼラントがワイズを非難できる状況ではなかったのだ、当時は。


 何しろ、当時は十年に渡ってだまし続けたアーク・ルーンに憤る声と、それと戦うワイズを応援する声が圧倒的で、ゼラントがウィルトニアを批判できる雰囲気ではなかった。


 ワイズ王国の滅亡後も、悲劇のヒロインに同情する声が大半で、ゼラントも声を荒げることなどできるものではなかったのだ。


「一応、ボクが、ウィル先輩からモニカを頼まれたってことは、みんなに言っているから、去年みたいなことは起きないと思うよ。ただ、それ以上の問題は何とかできないけど」


 ウィルトニアがいた時もそうだが、外からの迫害、圧迫は、ミリアーナなりのより高貴な存在が目を光らせれば、カンタンに片がつく。


 が、彼女の根本的な問題は内部事情であり、こればかりは当人に頑張ってもらうしかない。


「見るからに大変そうだが、まあ、もう一年以上、そうしてやって来たのなら……あっ、倒れた」


 事情がわかり、何気なく料理の補充を見ていたフレオールは、モニカがコケて床に揚げ物をぶちまけ、起き上がる気配がないのに真っ先に気づき、昼食を中断してそちらへと駆け出す。


 苦学生を医務室に運ぶために。



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