東征編12
「とにかく、一戦してアーク・ルーンに勝つしかない。さもなくば、我が国もマヴァル、ロシルカシルの二の舞いとなるぞ、ジルト」
最前線へと向かう馬車の中で切迫した声で語る、コノート王国の王女エリシェリルの内容は局地的には間違ってはいなかった。
魔法帝国アーク・ルーンの第十二軍団に攻め込まれたコノート王国は、開戦から今日まで膠着状態が続いている。
コノート軍は西の国境に堅陣を築いてアーク・ルーン軍を迎え撃ち、コノート軍の堅陣に第十二軍団が攻めあぐねている。そのように身受けられる戦況は、認識としては正しいと言えるだろう。
だが、自国が互角に渡り合おうが、同盟国が敗れれば意味はない。南の隣国ジャシャムと北の同盟国マグはアーク・ルーンによって滅ぼされ、マヴァル帝国とロシルカシル王国はアーク・ルーン軍に大敗しているのだ。
全力を以て第十二軍団を防いでいるところに、南北から新たに攻め込まれたら、コノートはひとたまりもない。ゆえに、エリシェリルは西の国境へと馬車を走らせているのである。
アーク・ルーンの侵攻が迫ると、コノート王国はジルトの提案の元、西の国境の守りと諜報機関の強化に努めた。
前者の必要性は言うまでもない。後者は、情勢の変化をいち早く知り、対応する必要性があると判断したがゆえだ。
強化された諜報機関により、マヴァルとロシルカシルの大敗をコノートはすぐに知ることができた。ただ、その情報を耳にするや、エリシェリルは第十二軍団を早期に撃破するべきと考え、最前線へと馬車を走らせたのだ。
コノートの国力で二つ以上の戦線を構築するのは不可能というもの。だが、マヴァルの敗滅が不可避であるなら、いずれ北からも侵攻の手が伸びて来るかも知れない。
そもそも、南の隣国ジャシャムはアーク・ルーンによって滅ぼされているのだ。アーク・ルーン軍は南東方面の攻略に当たらせている第九、第十、第十一軍団のいずれか一軍を返し、南からコノートを攻めて二正面作戦を強いることも可能なのである。
北と南から新手を繰り出される前に第十二軍団を撃破せねば、いずれ二方向、三方向から攻められ、コノートは敗滅するだろう。その点では、エリシェリルの視点は正しくはある。
そして、第十二軍団の早期撃破の糸口を探るべく、最前線へと赴く王女の行動に、随行を命じられたジルトは内心でため息しか出ないといった心境だ。
エリシェリルの考えは正しくあるようで、根本的には間違っているのだ。
コノート随一の知謀と称されるジルトは、アーク・ルーンの侵攻をはねのけ、祖国を存続させる方策がないかを、当然、考えに考えた。だが、いくら考えても希望はなく、結局は絶望的な状況を思い知っただけの結論しか得られなかった。
ジルトとて無為無策ではなく、アーク・ルーン軍を破る策がないわけではない。アーク・ルーン軍とて不敗というわけではなく、思わぬ抵抗や策略に痛い思いした経験がある。
だが、アーク・ルーン軍にある程度の打撃を与えた国は、結局、どこも滅びている。その理由は明白で、一度や二度の敗北で小揺るぎもしないだけの国力がアーク・ルーンにあるからだ。
戦争が総力戦である以上、国力の高い方に分があるのが厳然とした事実だ。アーク・ルーンとの国力差が一度や二度の勝敗で埋まるものでない。コノートの国力では、どう戦おうが勝ち目がないのである。
勝てないのが明白ならば、ヘタに戦わない方がいい。無駄な抵抗を重ねれば重ねるほど、アーク・ルーンの心証を悪くして、敗滅後の扱いが酷薄となる。抗戦の末に余力を失って滅びた国と、抗戦せずに余力を保って滅びた国では、後者の方が厚遇される。
七竜連合の王族がどのように扱われているか。ジルトとしては、エドアルド四世やエリシェリルをあんな悲惨な境遇したくないからこそ、業腹だが賢く負けることを選んだのだ。
ジルトの選択は今のところはうまくいっているが、むしろ難しいのはここからだ。
ジャシャム滅亡の報が駆け巡った昨年もコノート国内は動揺を見せたが、マヴァルやロシルカシルの敗報が伝われれば、更なる動揺がコノートを震撼させるだろう。
動揺は混乱を生み、混乱は人心を乱れさせて、軽挙妄動を生む。
密約があるのでアーク・ルーンは混乱を拡大させるようなマネはしないはずだが、混乱を抑えるようなマネもしてくれはしない。
自然と発生する混乱は自分たちで対処しなくてはならない。もし、自国の混乱を自力で抑えられないようなら、アーク・ルーンは密約を破棄してその隙を突いてくるはずだ。
「……姫。護衛の人選を誤ったようですよ」
西の国境と王都を何度も往復しているジルトは、馬車の小さな窓から見える景色の違和感にすぐに気づいた。
エリシェリルは立場が立場ゆえ、身の周りの世話に侍女が一人、馬車の中にいる他、馬車の周りには七人の近衛騎士が護衛として同行している。
アーク・ルーンの侵攻で多少の乱れが生じているとはいえ、元々、治安のいいコノート王国である。護衛さえ伴っていればまず野盗に襲われることなく、本来なら何事もなくエリシェリルらは味方の陣地までエスコートされるはずであった。
しかし、コノート王女の一行は今、護衛を伴ったがゆえ、敵の、アーク・ルーン軍の陣地へとエスコートされようとしていた。




