東征編11
「私がしたのは、ちょっとした小細工だけだ。策というほどのものを弄したわけではない。我が軍が勝利したというより、小細工に引っかかった相手が勝手にドツボにはまっただけにすぎん」
後日、ヴァンカレヤの夜戦で大勝利をおさめたスラックスは、その時のことを聞かれる度にそのような答えを口にしたが、別に謙遜しているわけではなく、当人は自分のした小細工を本当にそう評価していた。
実際にロシルカシル軍との決戦に望むにあたってスラックスが行ったのは、黒林兵を含む自軍の最精鋭二万と、旧マグ軍の軍装を交換しただけであった。
お世辞にもマグ兵の質はよろしいとは言えない。そのことは隣国であるロシルカシルも知っているはずだ。スラックスとしては、その認識を逆手に取り、自軍の最も強い部分と弱い部分を錯覚させることにより、ロシルカシル軍を陥れる詭計の材料とするつもりだった。
もっとも、そうした仕込んだ詭計のタネを具体的にどう用いるかについては、スラックスも別段、明確なビジョンがあったわけではなかった。ロシルカシル軍が夜襲を仕掛けてきたからそこで用いたというもので、練りに練った策略というわけではない。
だが、スラックスがどう評価しようと、その小細工によってロシルカシルの命運が尽きたのは事実だ。
マグ兵に扮したアーク・ルーン兵により、夜襲を仕掛けたロシルカシル軍は、先手の二千が全滅。夜襲が成功したように見せかけ、誘き寄せられた二万八千も、マグ兵に扮したアーク・ルーン兵によって一方的に突き崩されて自陣へと敗走した。
スラックスはマグ兵に扮した手勢のみならず、全軍で逃げるロシルカシル兵を追った。夜襲を仕掛けた敵兵を全滅をのみを狙ってのことではなく、逃げる敵兵を追ってそのまま敵陣への突入も視野に入れてのものだ。
敵に追われる味方の姿を見て、夜襲の失敗を悟ったロシルカシル軍の陣地では、当然、味方を助けるべく兵を繰り出し、ここに両軍は済し崩し的に激突する。
もっとも、ロシルカシル軍はここで雌雄を決するつもりはない。味方を助けて引き上げれば、後は陣地を固く閉ざして、起死回生を計るのは後日とする算段だ。夜襲に失敗して少なくない犠牲を出した今、ズルズルと不利な情勢で戦い続けても、犠牲と失敗を上積みすることにしかならない。
無論、スラックスは無難に引き上げさせるのを阻止し、ロシルカシル軍に犠牲と失敗を重ねさせんと、魔甲獣を全て突っ込ませ、魔道戦艦の全砲門から火を吹かせ、激しく攻めに攻めて一挙に決着を計る。
後退と守りに終始するロシルカシル軍は、アーク・ルーン軍に押しに押されるが、守りに徹するだけあって、アーク・ルーン側もロシルカシルの陣内に中々に踏み込めなかった。
ただし、それもロシルカシル軍の陣地の側面に回った一個師団に突撃されるまでの話だったが。
ロシルカシル軍の行動と抵抗は妥当なものなだけに、スラックスからすればその何手か先を読むのは難しくない。正面からの攻撃だけでは敵軍の突破と敵陣への突入はカンタンではないと考え、密かに五千の兵を敵陣の側面に移動させたのだ。
正面の猛攻が陽動としてうまく機能していたこともあり、側面への注意がゆるんでいたロシルカシル軍は、五千のアーク・ルーン兵にあっさりと陣地に踏み込まれてしまう。
側面からの突入に成功した一個師団は、手当たり次第にロシルカシル兵に襲いかかり、火を放って、敵陣に混乱をもたらす。
陣中に混乱の生じたロシルカシル軍は、正面の猛攻を支え切れなくなり、アーク・ルーン軍の一方的な蹂躙を許すことになった。
ヴァンカレヤの夜戦はこれで勝敗が決し、夜が明ける頃には、ロシルカシル兵の約半数が戦死するか降伏するかして、壊滅的な打撃を受けた。
残る半数も、約半分は王都に逃げ込みはしたが、もう半分は散り散りになって逃げ去ったので、ロシルカシル王国はマトモにアーク・ルーン軍と戦うだけの力をここに失ったのである。




