東征編10
マヴァル帝国の北東に位置するロシルカシル王国に侵攻したアーク・ルーン軍は約十二万。第五軍団十万と、マグ軍、いや、旧マグ軍二万という構成だ。
ロシルカシルの国力はマヴァルより大きく劣るが、コノートよりはやや上回る。その総兵力はおよそ十七万を数える。
第五軍団の軍団長スラックスは二万の旧マグ軍を先陣に、ロシルカシルの地で快進撃を重ねたが、実のところ旧マグ兵の質は高くない。
スラックスが自軍にマグの降兵を加えているのは戦力としてではなく、降伏したばかりの国の忠誠心を確かめるためという意味合いの方が強い。
にも関わらず、二万の旧マグ軍が進めば勝ち、攻めれば城を落とす活躍を見せている理由は二つ。
旧マグ軍に魔道戦艦や魔甲獣などの魔道兵器を多く貸与しているため。
何より、ロシルカシルが戦力を王都近辺にかき集めたので、旧マグ軍の前に立ち塞がったロシルカシルの部隊や城にはわずかな兵しかいなかったためだ。
国境から王都の手前までの守りを放棄したロシルカシルの意図は明白で、アーク・ルーン軍を国土の奥深く引きずり込み、疲労した侵略者を可能な限りの戦力で迎え撃ち、撃滅しようとしているのだろう。
実際、その意図に乗せられる形で進軍したアーク・ルーン軍の前には、十一万二千のロシルカシル軍が待ち構えていた。
両軍がロシルカシルの王都の西に広がる、ヴァンカレヤの野で相見えたのは、昼を大きく過ぎた時刻。このような時は、その日は陣地を築いて一夜を置き、翌朝に決戦を行うものだ。
ロシルカシル軍はその暗黙の了解に従う風を装いつつ、その日の深夜、兵の一部を繰り出し、夜襲を仕掛けた。
遠方からの疲れ勢には夜襲を用いるべし。ロシルカシル軍はこの軍学の基本に従い、闇夜に紛れてロシルカシル軍の陣地から密かに三万の兵が出撃した。
夜襲を仕掛けんとするロシルカシル軍の狙ったのは、アーク・ルーン軍の陣地にいる旧マグ軍である。
隣国であったマグの兵がどの程度かは、何度も矛を交えて心得ている。無論、強兵とは言えぬマグ兵の元には魔道兵器があるが、それも夜襲が成功して、いきなり白兵戦にもつれ込めば十全と機能しないだろう。
何より、アーク・ルーン兵と違い、マグ兵はこれまで先陣で戦わされてきた一方、アーク・ルーン兵のように遠征に慣れていないので、敵陣の中で最も疲労しているのは確実で、それは最も突き崩し易いことを意味する。
うまくすればマグ兵はこれまでの疲労が出て、眠りこけているかも知れない。
密かに向かうにしても、三万の大人数では気づかれかねない。夜襲のために出撃したロシルカシル軍は、二千でマグ兵のいる辺りに夜襲を仕掛けさせた。
二千の部隊による夜襲が成功し、アーク・ルーン軍が混乱を起こせば、少し距離を置いて潜む二万八千も押し寄せる。
さらに状況によっては残る八万二千のロシルカシル兵も陣地より打って出て、一挙にアーク・ルーン軍の撃滅を計る段取りとなっているのだ。
かくして、ロシルカシルの命運を決したヴァンカレヤの夜戦が開始した当初は、アーク・ルーン軍の陣地の一部から火の手が上がり、ロシルカシル軍の作戦と思惑の通りに事が運んでいると思われた。
だが、火の手を合図に二万八千のロシルカシル兵がアーク・ルーン軍の陣地に突入した時、彼らがまず見たのは先に突入した二千の味方の骸が焼かれている光景と、それを成して悠然と構える二万のマグ兵であった。
機先を制しようとした二万八千のロシルカシル兵だったが、その光景に息を飲み、完全に虚を突かれ、呆然となって立ち尽くしたところに、二万のマグ兵が猛然と襲いかかる。
黒塗りの長槍を手にする者たちを先頭にマグの軍装をまとった兵馬が。




