東征編6
アーシェアがマヴァル軍と雌雄を決するに当たり、組み立てた戦術は、斜線陣を取っているわけではないが、フィアナートがかつてタスタル軍を大破した戦術と似通ったものであった。
アーシェアは第九軍団とタスタル軍の戦いを参考に戦術を組み立てた、というわけではない。名将として、同じく名将であるフィアナートと同じような結論と戦術に至ったにすぎないのである。
マヴァル軍を指揮するズフィームは、アーシェアの戦術に気づかぬ上、アーシェアのような戦術を用意せず、
「全軍前進! 侵略者を蹴散らせ!」
ただ突撃を命じるだけであった。
ズフィームの命令が下り、猛然と前進するマヴァル軍と第十三軍団は激突し、しばらくのもみ合いの末、アーク・ルーン軍を後退させるのに成功した。
ただし、一部のみ。
アーク・ルーン軍の中央部が退く一方、右翼と左翼は前、正確には斜め前へと動く。
「我が軍を半包囲するつもりか。その手には乗らんぞ。全軍を後退させよ!」
ズフィームの判断と指示は用兵家として妥当なものだろう。
後退した敵軍の一部に合わせて前進すれば、右翼と左翼に側面に回られる。そこで後退していた中央部が足を止めて反撃に出れば、マヴァル軍は三方から攻められた上、彼らの目の前で三十近いドラゴンが飛び立っている点も合わせれば、頭上からも攻撃を受けることになっていただろう。
「よし。急いで隊列を整えさせよ!」
このズフィームの判断と指示も妥当なものではある。
誘い込もうとした思惑が失敗したアーク・ルーン軍は、左右に大きく開き過ぎている。先に隊列を整えれば、左右に開いて隊列が密から疎になっているアーク・ルーン軍に攻勢をかけられ、マヴァル軍は今度こそ優位に立てる。
ズフィームは決して愚将ではなく、その指揮は理に叶っている。だが、理に叶っているがゆえ、アーシェアの予測のし易い動きでもあった。
「……ズフィーム将軍! 後方よりアーク・ルーン軍が迫っておりまする!」
マヴァル兵がズフィームにそう報告した時には、マヴァル軍の背後から十五隻の魔道戦艦が迫りつつあった。
マヴァル軍が愚かにも前進すれば、正面と左右、さらに上空から叩く。賢しげに前進せねば、背後から魔道戦艦を突っ込ませ、マヴァル軍が混乱したところで全面攻勢をかける。
一部が後退したアーク・ルーン軍の動きに乗ることのなかったマヴァル軍だが、その思わせぶりな動きを注視して後方への警戒が疎かになったがゆえ、戦場を大きく回って後方に出た魔道戦艦の発見が遅れてしまい、後背からの突入を許したマヴァル軍の意識は、今度は後ろに向いてしまう。
「総員突撃! ヴォルパー男爵の兵に遅れを取るなっ!」
「全速前進! グォント卿の兵に先んじよ!」
グォントとヴォルパー男爵の師団を先頭に、アーク・ルーン軍は背後に気を取られているマヴァル軍へと襲いかかる。
背後からの一撃を受けた状態でアーク・ルーン軍の全面攻勢を受けたマヴァル軍は、当たり前だがたちまち劣勢に立たされたが、それでもすぐに突き崩されることはなかった。
もっとも、すぐに瓦解しなかっただけであって、それも時間の問題にすぎない。戦況は悪化の一途をたどり、マヴァル軍はいつ全面敗走してもおかしくなかった。
「……撤退せよ! 城塞まで下がるのだ!」
ズフィームのこの判断と指示も妥当なものであるだろう。
劣勢に立たされ、盛り返す算段もなく、いつ瓦解してもおかしくない状態なのだ。それならば、軍として機能している内に退いた方が、まだマシな敗走ができる。
無論、劣勢から敗走に移るのだ。しんがりを置いても焼け石に水、アーク・ルーン軍の追撃は避けられず、マヴァル軍の犠牲は一、二割ではすまないだろう。
だが、ずるずると負け戦を長引かせれば長引かせるほど、マヴァル軍はより多くの兵を失うことになる。何より、城塞を落とされる事態になれば、マヴァル帝国はアーク・ルーン軍の侵攻を防ぐ手立てを失うことになるのだ。
しんがりをあっさりと蹴散らし、アーク・ルーン軍が追撃に追撃を重ねたので、マヴァル軍はこの一戦でさらに三万以上の兵を失ったのだが、その犠牲もあって残る五万以上は城塞にたどり着くことができた。
黒煙の立ち昇る城塞に。




