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南方編23

「我が祖国ミベルティンは、貴国コノートと大きく異なり、アーク・ルーンに攻められる前より、末期的な状況にありました。おそらく、アーク・ルーンが攻め寄せずとも、遠からず滅びていたでしょう」


 コノート王国は名君の元、安定した治世を誇っている。


 民も豊かで国力も充実しており、軍の規律も良く、貴族も横暴な振る舞いをひかえて少ない。


 対して、ミベルティン帝国の末期は、民は重税に苦しんで貧しく、国内は賊があふれて乱れに乱れ、軍は平然と掠奪と虐殺に走るほど規律が悪かった。


 何より、文武百官の大半は私腹を肥やすことに熱心で、ミベルティンの政情は日に日に悪化の一途をたどって終わった。


 アーク・ルーン軍の侵攻によって、そちらに兵を多く割かねばならず、重税を敷かねばならぬ財政が国防費の増大でさらに酷くなったのもあるが、ミベルティン帝国はアーク・ルーンによってではなく、賊軍によって滅んだ。


 その賊軍はアーク・ルーン軍に討たれたが、それはミベルティンの野にあふれる賊の一部を討っただけにすぎない。


 帝都が賊軍やアーク・ルーン軍に制圧され、祖国が終焉を迎えた頃、リムディーヌは軍を率いて、故郷を賊から守っていた。


 重税と戦乱で、当時のミベルティンの民は飢えに飢えていた。そして、当時の賊の大半は、食うに困った民たちであった。


 いかにリムディーヌが優れていようが、貧困という賊を生み出す土台をどうにかしない限り、いくら討っても賊は減るどころか増える一方であったのだ。


 際限のない賊との戦いに、リムディーヌは次第に押され、劣勢となっていった中、アーク・ルーンの使者が彼女の元に訪れた。


 その使者は特にリムディーヌに服従を強要することなく、ミベルティンの治安回復に協力を求めるだけのものであったが、それに応じるということは、なし崩しにアーク・ルーンの臣となるということであったが、それを拒めば賊に故郷を蹂躙されるのみ。


 リムディーヌに選択肢はなかったが、アーク・ルーン軍と協力・共闘した結果、賊を打ち払えたのみならず、治安も回復していき、故郷一帯の政情はようやく落ち着きを見せた。


 だが、実質的にアーク・ルーンに臣従したリムディーヌは、それで矛を収めることはできなかった。


 リムディーヌの手勢を中心に旧ミベルティンの兵による一軍が編成され、リムディーヌはそのまま賊の討伐に各地を転戦することとなったからである。


 アーク・ルーンの先兵となることに抵抗は覚えなくもなかったが、賊の放置は民の苦難につながるので、リムディーヌはミベルティンの治安回復に努め、奮闘し、多くの軍功を挙げた。


 首脳部も軍組織も腐敗していたミベルティンにおいては、上官が部下の功績を奪うのも、出世するのに高官にワイロを贈るのも当然のように横行しており、そのせいでリムディーヌたちは数え切れないほど苦汁をなめてきた。


 しかし、アーク・ルーンにおいては、リムディーヌとその部下たちの功績は正しく評価され、軍功に応じて地位を進め、恩賞が与えられた。


 特にリムディーヌがシュライナーと並ぶほどの将軍位を得たことには、彼女の部下たちは我が事のように喜んだが、当人は心の中で眉をひそめていた。


 シュライナーと同等の将軍位となれば、メドリオーに次ぐほどのものである。だが、それはシュライナーと同等と責務、他国を侵略する際に軍を率いねばならない立場となったことを意味するからだ。


 当然、リムディーヌは侵略戦争に手を貸すなど真っ平だが、部下たちの反応は違った。


 ミベルティンでは得られなかった正当な評価を得られ、リムディーヌの部下たちはすっかりとアーク・ルーン、否、ネドイルに心服してしまい、侵略戦争に自らの手腕を振るうことに意欲的でさえある。


 長年、苦楽を共にしてきた部下たち、その中には自分の息子も弟もいることもあり、自らの安楽のみを考えて引退するわけにもいかず、心ならずも侵略者として、今、リムディーヌはジルトの前にいる。


 言わば、リムディーヌは外堀を埋められ、部下たちを利用された形での臣従と協力であるのだが、


「あなたは聡明な若人のようですから、言わずともわかるでしょう。ネドイルは特段、策を弄したわけではないのです。あの男がしたのは、真っ当に評価をする。当然のことをしただけなのですよ」


 アーク・ルーンが、ネドイルがしたのは、当たり前のこと。


 ミベルティンが当たり前のことをしていなかったからこそ、当たり前のことが当たり前以上に喜ばれただけの話でしかないのだ。


 それゆえにネドイルの作為が不鮮明なので、反発より困惑の方が強く、すっきりしないものを抱えながらリムディーヌは侵略者の一員となっている。


 リムディーヌの体験談を聞き終え、胃の辺りに鈍痛を覚えるジルトの顔は青くなっていた。


 リムディーヌに意にそわぬ侵略戦争に参加させるには、人質を取るなり脅迫するなりするしかない。しかし、露骨に人質を取って脅迫すれば、リムディーヌのみならず、その部下たちを含む大勢の反発も買う。


 アーク・ルーンはそのような下策を取らないどころか、部下たちをうまく懐柔して、リムディーヌを取り込んでのけた。それがどれほど巧妙なことか、目の前で力ない笑みを浮かべるリムディーヌの姿が、何よりも雄弁に物語っている。


 アーク・ルーンについての情報を集めたジルトだが、リムディーヌの体験談を聞き終えた今、想像以上の「怪物」であるのを思い知った。


 そして、抗戦どころか、ヘタに一矢を報いようとしなかった判断が間違っていなかった、という思いも新たにした。


 だが、その一方で、自分たちがその「怪物」の手下になる恐怖も、より強く、いや、はるかに強く更新された。


 自らの智謀にいささかの自信を抱くジルトは、アーク・ルーンに降るが心は服さぬ心算であった。


 面従腹背の姿勢を取り、コノートの再興を密かに再興せんという甘い考えは、今では完全に吹き飛んでいる。


 アーク・ルーンに降伏しておき、表面的な忠誠ですませようというのは完全な自殺行為だ。心臓を握らせる覚悟で仕えねば、全て握り潰されかねない。


 命を捧げる姿勢、つまり命がけでだまさねば、アーク・ルーンから己の心を守ることは到底、できぬと悟ったのだから。



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