南方編21
「しかし、私自身は今回の縁談に文句はありませんが、問題はフレオール様のお心でしょう」
これがもう一つの、トイラックの気がかりである。
ヴァンフォールに大宰相となる意志がないのが判然とした以上、トイラックとしては覚悟を決めるしかない。
ただ、フレオールの心中を思うと、今回の政略結婚にためらいを覚えずにいられないというもの。
人倫としては、好き合う者同士が結ばれる方が正しい。政略結婚であるトイラックは、何も絶対にイリアッシュでなければならない理由はないのだ。極論すれば、イライセンの姪であるアーシェアでも政略的に問題はない。
「ほう。フレオールのヤツ、イライセン殿の娘を懸想しているのか。ならば、大兄に打診すればいいだろうに」
イリアッシュと面識がないわけではないが、中身にこだわるヴァンフォールにとって、彼女の美貌も目と耳が二つずつあって、口と鼻が一つずつあるという認識でしかないから、さしたる興味がない。
政略的な認識しても、トイラックの方はアーシェアと結婚しても大過ないのだから、異母弟が軍務大臣の令嬢と結ばれるのは悪い話ではないという、ドライなものだ。
フレオールがイリアッシュとの結婚を望むなら、ネドイルにその要望を伝えればいい。大宰相のお声がかりとなれば、イライセンも娘はネドイルの一族に嫁がせ、トイラックの方は姪という風に修正するかも知れない。
「しかし、弟の好みにくちばしを突っ込む気はないが、顔がいいだけの女など、どこがいいのだ? オレなら、そんな面白みのない女はゴメンだぞ」
「まっ、フレオール様にはフレオール様の考えや想いがあるのでしょう。想いを貫くにしろ、諦めるにしろ、それはフレオール様自身が決めることです」
イリアッシュに懸想されていたことに気づいていない当人は、自身がその最大の障害になっていることに気づいていなかった。
トイラックにしろ、ヴァンフォールにしろ、ネドイルというより、国家における自分の役割を第一と考えているので、その選択は実にドライでシンプルである。相手がどうであれ、自らの役割を優先させる。
対して、フレオールは相手のことを考えすぎる傾向がある。
一時、精神的に危うかったが、今のイリアッシュはそれを脱して安定している。軍務大臣の令嬢という、アーク・ルーンにおける立場もあって、そう心配すべきものではない。
だから、精神面でも立場的にもずっと危うい、クラウディア、シィルエール、ミリアーナ、フォーリス、ナターシャ、ティリエランの方が気がかりで仕方ないのだ。
それでもティリエランとナターシャは精神的に土俵際で踏み留まっており、また守るべき家族という精神的な支えもあって、心は弱っていても壊れていない。
完全に精神が崩壊しているのはクラウディアだが、彼女はベダイルという引き取り手が現れた。
ベダイルのことをとことん嫌っているフレオールだが、それですぐ上の異母兄を見誤ることはない。リナルティエやマルガレッタという
実績もあり、表面的にはともかく、心中では肩の荷が下りた思いである。
予断を許さないのが、フォーリス、ミリアーナ、そしてシィルエールだ。
守るべき家族をほとんど失った、否、殺された点は、クラウディアと同じくするフォーリスだが、彼女は完全崩壊に至っていない。辛くも、自分を全否定するような現実から目を背け、自閉することによって、均衡の崩れた心が壊れねようにしている。
ただ、それだけに現実を直視してしまったら、おしまいという崖っぷちに近い心理状態にあるのだが。
現実逃避によって心の崩壊は防いでいる点はミリアーナとシィルエールも同様だが、二人はさらにフレオールへの依存という要素と爆弾を抱えている。
それでも自己の現実逃避や依存を自覚し、自らを省みるだけ心にゆとりを残すミリアーナは、時が経つにつれて少しずつマシな状態に戻ってきている。
それに比べて、現実逃避と依存の状態が酷いシィルエールは、すでにクラウディアのような手遅れな状態にある。
七竜姫の中で最も精神的に弱いシィルエールを襲った亡国の運命と末路は、クラウディアやフォーリスに比肩する凄惨なものであった。
いや、まだ過去形とするのは早いだろう。
何しろ、彼女の兄と妹は現在進行形で生き地獄を味わっているのだから。
シィルエールの、否、旧フリカ王家の不運は、ゾランガの恨みを買ったことにある。そして、家族・親類がその復讐の炎に焼かれ、苦しみ、死んでいくにも関わらず、それをどうすることもできない無力感と罪悪感に、すでに彼女の心は壊れ、均衡を失っている。
が、壊れながらもフレオールに依存することで、表面的にはクラウディアほど酷い状態に至っておらず、時が経つにつれて少しずつよりマトモなフリができるようになってきている。
かつて壊れたイリアッシュを気にかけたように、フレオールはどうしてもシィルエールやフォーリスらが気になるのだ。
加えて、イリアッシュのかつての想いを知っているので、どんな形であれ、好いた相手と結ばれるということにも、フレオールの心中と葛藤を複雑にしていた。
無論、トイラックとヴァンフォール、いや、ネドイル配下の筋金入りの忠臣たちからすれば、亡国の王女たちの不運、イリアッシュの想い、フレオールの迷いなど、最終的には大した問題ではない。
トイラックたちが第一とするのは、ネドイルの御為になるか、である。
フレオールが迷い、何もしないのなら、二人はネドイルの御為になるかを第一に考え、他者の、そして自らの運命も決めるだけなのだから。




