南方編20
「ミもフタもなく言わしてもらえば、人の世は一つにまとまっていようが、百に分かれていようが、戦いと争いはどうやっても起きます」
「ああ、そうだな」
本当にミもフタもないトイラックの見解だが、ヴァンフォールもこれにはうなずいて全面的に肯定する。
現在、魔法帝国アーク・ルーンは、この世の果てまで自らの旗を立てんと、四方に兵を進めている。
仮に、アーク・ルーンの旗が四方の果てに立ったとして、この世から争いがなくなり、恒久的世界平和が実現して万々歳といかないのが人の世というもの。
ネドイルの政策で地位や特権を失った王侯貴族はいくらでもいる。外敵がいなくなったところで、亡国の残党が蠢動して内乱を起こすだけだ。
そもそも現地で処理される程度の小さな反乱なら、アーク・ルーンでは断続的に発生している。
言うまでもなく、そんな小さな反乱では、アーク・ルーンは小揺るぎもしない。だが、小さな反乱とて、ヴェンのような指導者を得ればどうなるか、これも言うまでもないだろう。
在野の人材でなくとも、例えばコノート王国が降伏してジルトがアーク・ルーンに従ったとしても、ネドイルに心から忠誠を誓うことはあり得ない。面従腹背の姿勢を取って、祖国再興を画策するのは明白だ。
実のところ、面従腹背の人材はアーク・ルーンにいくらでもいる。
イライセンやリムディーヌなどとて、故国の民のためにネドイルに服しているが、その必要がなくなればとっとと離反するのも明白なことだ。
だが、能力ではなく忠誠心を基準に人材を登用すれば、行政や軍事の組織力の低下を招く。それはアーク・ルーンの破綻につながりかねない。少なくとも、単一の価値観で染まるのは、組織の硬直化をさせかねず、歓迎すべきことではない。
ただ、現行のアーク・ルーンの統治体制、優れた人材によって運営されている点にも問題はある。人ありきのシステムは、人がいなくなれば、それまでだ。現行の統治体制を維持するには、欠けた人材を補充できるシステムを確立せねばならないが、
「中央に関しては大丈夫でしょうが、やはり地方が問題でしょうね。あまりに代国官に頼りすぎている」
トイラックが内務大臣を辞め、ワイズの代国官になった際、アーク・ルーンの内政に大きな問題は起きなかった。内政に限らないが、アーク・ルーンの中央は組織がしっかりしており、何よりも人材の層が厚い。一人や二人を欠いたところで、通常業務が滞る心配はまずない。
一方で、地方は代国官の力量と存在が全てと言っていい体制だ。
中央から遠いがゆえ、指示を仰いで対処するというわけにはいかない。自然、代国官に大きな権限を与え、独裁的な処置を許し、中央がそれを追認するしかやりようがないのだ。
ワイズ、タスタル、バディンの代国官を務めただけに、トイラックは委任されている裁量の大きさを実感し、またそうでなくては立ち行かない現状も痛感している。
理想は中央も地方も充分な人材を配置することだが、それは現実的なことではない。まして、地方の人材を厚くするため、中央の人材を薄くしようものなら本末転倒だ。
地方が乱れても中央がしっかりとしていれば国は保てるが、中央が乱れたなら地方も乱れていく。
国家の基本は中央集権である。だから、まず中央の維持を第一とせねばならない。地方については二の次と考え、中央の人材を減らしてまで補強や維持をするべきではない。
未来は誰にもわからない。今以上の人材を確保できる当てがないならば、人材が減っても大丈夫な体制を築く方が良い。時が経つにつれて、今の人材がいなくなる可能性が高まるのだ。トイラックとヴァンフォールが老境に差しかかる頃には、ネドイル政権の創業メンバーで生きているのはベルギアットくらいだろう。
そのベルギアットも、ネドイルが死ねば元の地下迷宮に戻るのは明白だ。
「矛盾するようですが、世界統一を推し進める一方、将来の分裂に備える時期に来た。私はそう考えています」
「オレも同感だ。そして、無理に分裂を防ぎ、統一を維持するより、暗に地方の独立を認め、形式的な統一で安定させる方策にも同感だ」
地方に大きな権限を与えねばならない現状を無視し、無理に中央が統制しようとすれば、反発を生んで中央対地方という構図が表面化して、アーク・ルーン帝国は兵乱によって乱れることになる。
そうなるくらいなら、表面的にアーク・ルーンに従う姿勢さえ見せれば、実質的な地方の独立を容認して、地方が無駄に武力に訴えることのないようにしておく方が良い。
もっと言うなら、地方を実質的に切り離し、いざという時に突き放せる体制にするのが、トイラックの構想だ。
地方が実質的な独立で安定するなら良し。実質的な独立を元に、更なる勢力拡大を計る者が地方に出現しても、それに巻き込まれ、振り回されぬようにしておけば、中央の安定とアーク・ルーンの根幹は揺らぐことはない。
「もっと良い、あるいは賢い選択は、もう統一、いえ、侵略戦争を止め、ここまで広がった国内の安定と充実、守成に全力を傾けるべきなんですが……」
「賢明な為政者ならそうするだろう。だが、ネドイルの大兄、いや、オレたちは利口な人間じゃない。別に大兄は世界を統一することで、争いのない世やら、誰もが幸せになれる世など、実現しようとしているわけじゃないからな」
「はい。ネドイル閣下は世界というサンドバックを叩き、ストレス発散しているだけですからね。絶対的な権力、圧倒的な軍事力、史上空前の大帝国など、閣下にとってはサンドバックを叩いていたら、勝手についてきただけのもの」
「だからこそ、楽しいんだがな。世界の迷惑を考えるより、迷惑を考えない方が面白い。間違った考えだが、ネドイルの大兄の間違いを正そうとするより、間違いにつき合って遊ぶ方がずっと面白いんだから、仕方ない。フレオールのヤツも、それくらいわかっているだろうに、そんな迷惑を気にしているから、楽しいことが楽しめず、損をするんだよ」
「ケンカ相手を気にしてケンカするより、気にしないでケンカした方が楽しいですからね。度しがたい考え方ですが、それが真理なのだから、仕方がない。いや、どうしようもない」




