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ペア宿泊券編4

「うむ。うまくいったようだ。とりあえず、二度とこのようなことがないよう、今度はきちんとしたコックを雇わねばならんな」


 皇宮にあるバルコニーの中でも小さな噴水があるほど大きいバルコニーから、朝食を食べ終えて皇宮から立ち去る老夫婦、永年勤続の慰労の招待客を密かに見送るネドイルは、調理服から大宰相の衣冠に戻っていた。


 そのネドイルの傍らに立つフレオールも、軍服姿である。


 永くアーク・ルーンのために働いてくれた小役人とその妻を皇宮にて慰労するネドイルの企画は、トラブルに見舞われながらも一応の成功を見た。


 多忙な軍務・政務をこなしていたところ、強引に厨房に連れて来られたロストゥル、ヴァンフォール、トイラックは、朝食の準備が終わると、すぐに自分の任地・執務室に戻っていき、すでに滞った仕事に着手している。


 仕事量においてはひけを取らないネドイルだが、現場の悲鳴を無視して招待客の見送りを終えてから大宰相の執務室に戻るつもりである。


 慌てて戻らねばならないほどの仕事がないフレオールは、ついでだからネドイルに付き合って見送りに立ち合っている。


 仕事が忙しくないのはベダイルも同様だが、ネドイルの手前、いやいやフレオールと同じ厨房に立っていた先程までと違い、同席する必要がないので、とっとと自分の研究所に戻っている。おそらく、この場にベダイルがいた場合、フレオールの方がとっとと皇宮から去っていただろう。


 ちなみに、フレオールに輪をかけて暇なイリアッシュ、ティリエラン、ナターシャ、フォーリス、シィルエール、ミリアーナは厨房で皿洗いをさせられている。


 最年長の異母兄の性格をよく知るフレオールは、単に永く勤めた功労に報いるために、このようなことを思いついたのだろうが、平民で小役人を皇宮に招いたという一事は、選民意識の高い皇族や貴族の反感を高めているのは明白だ。


 もっとも、皇族や貴族を冷遇しているネドイルは、元から高い反感を買っている。それらの不平不満を、平民出身を中心とした優れた部下を重用し、忠実な部下を厚く報いることで、力ずくで抑え込んでいるのが、今の魔法帝国アーク・ルーンだ。


 その点では、平民出身の管理の勤労意欲を高めるであろう今回の慰労は、ネドイルの権力基盤をより強固なものとするのに有効と言えば有効ではある。

 ボイコットやサボタージュをしたコックを含む一部の使用人のような、内在的な問題点を表面化した点においても。


 フレオール個人としては、ネドイルに強引に包丁を持たされただけだが、まったく得ることがなかったわけではなく、


「しかし、心眼を体得してから、色んなことができるようになったんだな、大兄は」


 心眼によって、ネドイルは少し離れた鍋の煮込み具合や、食材の微妙な差異に気づいた。つまりは、目に見えぬものを知覚することができるようになったということであり、これが武芸において有用なことかは言うまでもないだろう。


 さらにロストゥルも気づいていたようだが、


「で、ネドイルの大兄。その呼吸も心眼を得てから何かを感じてのものなのか?」


 トイラックのような武に無関係な者は気づいていないだろうし、その重要性もわからないだろう。


 だが、フレオールのような武人には呼法というのが、武芸の優劣に関わる大事な要素であるのを理解しているので、ネドイルの呼吸が独特のリズムを刻んでいるのにも気づいたのだ。


「さすがにわかるか。今の息づかいの方が、心身が活性化するような気がしてな。と、語るだけではどれほどのことかわかるまい」


 言って、ネドイルが右の拳を繰り出し、バルコニーの噴水の一部、素手で石を砕くが、それだけならば一流の武闘家ならば不可能な芸当ではない。


 ネドイルの拳打を受けた場所にはカエルがいたのだが、石をも砕く一撃を受けたカエルは潰れるどころか、普通にそこから跳び去って行く。


 そして、ネドイルの拳はカエルに触れこそすれ、石には触れずに噴水の一部を砕いたのだ。


「一見、オレは単に殴ったように見えるだろうが、その実、活性化させた生体エネルギーを、カエル越しに石の中に流し込んだだけだ。体内に巡る力を知覚し、独特の呼吸でそれを練れば、このようなことも可能なのだ。覚えておくがいい」


「もう、何でもアリだね、大兄」


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