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ペア宿泊券編3

「バカヤロウ! 板場をなめんじゃねえ!」


 怒声と共に繰り出されたネドイルの鉄拳が、ミリアーナを殴り飛ばす。


 配膳などのために集められたミリアーナらは、料理が出来上がるまでさしてやることがない。


 手持ちぶさただったのだろう。ミリアーナは手伝うつもりで野菜を切ったのだが、これがネドイルの逆鱗に触れたのだ。


「適当に切りやがって! 野菜は繊維に沿って切るのが基本だろうがっ!」


 その基本が叩き込まれているトイラックやレオールたちは、野菜だけではなく、肉や魚もきちんとさばいているのだが、


「オマエらもオマエらだ! 基本だけができているだけでどうする! もっと食材の声に耳を傾けろ!」


 とばっちりがフレオール、ベダイル、ヴァンフォール、ロストゥル、トイラックに及ぶ。


「ったく、よく見ていろよ」


 ニンジン一本、目をつぶって両手でしばしつかんでいたネドイルは、かっと目を見開く同時に、ニンジンを輪切りにして、


「食ってみろ。右の方が甘いはずだ」


 両手に一切れずつ輪切りにしたニンジンを持ち、それを近くにいたフレオールに試食させる。


「……たしかに右の方が甘いけど……」


 ニンジンに限らず、どのような食材でも味は均一ではなく、部位によって微妙に異なる。


 このニンジンのように、他より少し甘い部分が生じるのは、生き物であるのだから仕方ないことだ。


「いいか。漫然と基本に従うのではなく、精神を研ぎ澄まして食材の脈動を感じるのだ。さすれば、自ずとこうして些細な違いも把握できるぞ」


「いや、普通に無理だろ」


 フレオール、ベダイル、ヴァンフォール、ロストゥル、トイラックは心の中で突っ込みを入れる。


 おそらく、心眼を体得した副産物なのだろう。常人では知覚できないものを感じ取れるようになったネドイルは、


「トイラック! それ以上は煮すぎだ! 鍋をどかせ」


 広い厨房であるから、かまどの前に立つトイラックの近くにいたわけでもないにも関わらず、その状態までも感じ取る。


 実際、慌ててかまどから鍋をどかせたトイラックは、ふたを取って中の絶妙な煮込み具合に目をむく。


 今、一同は確信した。


 大宰相ネドイルは武人として、さらに芸人としてだけでなく、料理人としても更なる高みに至ったことを。



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