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ペア宿泊券編1

「良いか。絶対に粗相は許さぬぞ」


 ネドイルがそう宣ったのは、大宰相の執務室ではなかった。


 壮大なアーク・ルーン皇宮の飲食を司る場、大きく清潔な厨房には、しかし長年、ここで働いていた調理人や侍女の姿は一人も見られなかった。


 この場にいるのはネドイルと彼が強引に呼び集めた、ロストゥル、トイラック、ヴァンフォール、ベダイル、フレオール。さらにイリアッシュ、ティリエラン、ナターシャ、フォーリス、シィルエール、ミリアーナの姿があり、しかも全員がいつもの格好ではなかった。


 ネドイルは大宰相の装束ではなく、白い調理服を着ており、長い赤髪は縛って邪魔にならぬようにしていた。ロストゥル、トイラック、ヴァンフォール、ベダイル、フレオールも厨房に立つに相応しい服装をしている。


 イリアッシュ、ティリエラン、ナターシャ、フォーリス、シィルエール、ミリアーナも侍女のまとうメイド服といった格好だ。


 ネドイルがアーク・ルーンの実権を握った際、皇宮の過剰人員をいくらか整理した後、年かさの使用人たちで賃下げを飲んだ者は引き続き、雇用して皇宮で働かせた。


 アーク・ルーン皇宮の使用人たちは明らかに多く、人員を半減させても問題ないほどであった。しかも、数だけではなく給与面も目に余るものがあったので、宮廷費削減の一環としてリストラと給与カットを断行したのだ。


 この時、リストラ対象となったのは若い使用人で、年を食った者をなるべく残すようにした。年若い者と違い、中高年が新しい環境で働くのは厳しいと考えての処置だ。


 皇宮で働く者たちにネドイルが改革のメスを入れたのはこの一度だけであり、その後、それでうまくいっていたからだが、それも今日までの話となった。


 ネドイルがアーク・ルーンの実権を握り、だいぶ月日が経っている。その間、皇宮の使用人は完全に代替わりしており、昔を知る者は一人もいなくなった。


 昔の人員も厚遇も知らない今の使用人たちは、昨日まで自分たちの仕事に不満なく、誇りをもって務めていた。昔の皇宮の労働条件が異様に良かっただけで、今の皇宮の労働条件も充分に良いからだ。


 ただ、この好条件が思わぬ形で増長を募らせていた。


 現在の皇宮には空き部屋がいくつもある。それだけ皇族が粛清されたのだが、この空き部屋がもったいないと考えたネドイルは、一つ慰労を思いついて企画した。


「皇族と同じ夜をあなたに」


 そのキャッチフレーズどおり、アーク・ルーンの官吏で五十年以上、真面目に務めた者を夫婦で皇宮に一泊させようとしたが、それに一部の使用人が反発したのだ。


 誇りを以て皇族の世話係を務める彼らは、一夜のこととはいえ、平民の相手などできないとボイコットを表明した結果、激怒したネドイルに彼らは皆、首を切られた。もちろん、解雇的な意味で。


 解雇した使用人はほんの一部。皇宮の使用人が不足しても、貴族の屋敷などから少しずつ融通してもらうなりすれば、一時的な人員不足はすぐに何とかなるが、人手さえあればいいというものではない。


 にわかに揃えた使用人ではちゃんとしたもてなしなど望みようもなく、ネドイルが自ら厨房に立ち、包丁を握っているのだ。


「今日、迎えるのは、五十三年に渡って町の役場で務め上げた先達とそのご婦人である。その点を心得て、各人、己の務めに尽くせ」


 大宰相がいかに気合いを入れようとしても、強引に集められた側はやる気など出ようはずがない。トイラックとヴァンフォールは仕方ないという感じの、ロストゥル、ベダイル、フレオールはやれやれといった風の表情を浮かべ、メイド服をにわかに着せられた娘たちは大いに戸惑っていた。


 だが、そんな反応など委細かまわず、大宰相は食材の吟味に着手した。



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