南方編16
「では、今後の南下作戦ですが、レミネイラ閣下は第八軍団に後方を固めてもらい、第三軍団は第二陣となっていただきたいとお考えです」
不在の軍団長に代わり、レミネイラの構想を語る第六軍団の副官ベーヅェレの言葉に、第三軍団長メガラガはハッキリと不満の色を見せ、第八軍団長インブリスは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
精霊国家郡の制圧を終えたアーク・ルーン軍は、その広大な土地を支配下に置いている。当然、その新領土にはいくらでも城塞があり、いくつも王宮がある。
征服者たるアーク・ルーンの将軍らは、元の持ち主のことなど気にせず、必要に応じてそれらを使うことができる。
亡き国の王宮の一室で、レミネイラ以外の、第三、第六、第八軍団の主だった者が集まり、アーク・ルーン帝国の領土をさらに南に広げる相談をしていた。
相談、というのは、不正確かも知れない。
レミネイラが立てた作戦を、他の二将に説明し、承認させるのが、この場を設けた目的である。
メガラガは大柄で強面の魔法戦士で、ネドイルの部下としては、その決起に際して駆けつけた最古参だ。
剛勇で骨惜しみせずに働くので、陣頭に立たせればそれなりに功績を挙げはしたが、メドリオーのような広い視野を持たぬため、ネドイルはさして重用していない。アーク・ルーンの者で最古参の部下である点を考慮し、一軍を任せているにすぎない。
インブリスは痩身の魔術師で、こちらはネドイルがアーク・ルーンの覇権を握った後の部下だ。ただ、ネドイルが決起した際、その討伐に加わるのを避けるように、願い出て地方軍に従軍し、中立というスタンスを保った。
地方からネドイルの動向を眺め、その優勢が確定すると見るや、中立派と地方軍をまとめにかかり、それに成功した。そして、新たな支配者となったネドイルに、自分がまとめた勢力を譲り渡し、その功績で将軍の位を得たのだ。
メガラガもインブリスも、将としては大したものではない。本来なら、師団長らと肩を並べるだけの才しか持ち合わせていない人材である。
実際、この両将には大局的な視点に欠け、精霊戦士たちの率いる敵の猛攻に対して、メガラガは劣勢になろうと無理に踏み留まろうとする一方、逆にインブリスは劣勢となるとすぐに退こうとする。
その都度、レミネイラが大局的な視点から第三、第八軍団をフォローしておらねば、アーク・ルーン軍は戦線を維持できず、全面敗走していただろう。
そのレミネイラはフリーダムな点でヅガートといい勝負なので、ベーヅェレたち部下の苦労は、第十一軍団のクロックらとひけを取らない。だが、これもヅガードと同様で、戦場で卓越した手腕を振るうことで、実績を以て部下たちの不満を抑えて従えている。否、レミネイラの才幹を見せつけられれば、ベーヅェレたちも不満を抑えて従うしかないというもの。
高潔で実直なメガラガは元より、インブリスとて部下をないがしろにするようなバカではない。上司としても組織人としても、レミネイラよりも確実に上だが、彼らの仕事で最も重要なのは、いかに敵を欺き、殺すか、だ。
戦場で勝利を手にするのは人格者ではなく、非人道な行為をより為した者なのだから。
それに最も長けるのが、レミネイラなのは間違いない。そのレミネイラの立てた作戦は、胸くその悪くなる内容ながら、それゆえに効果的なのは明白というのに、
「栄えある先陣の名誉を降兵に与えるというのか」
メガラガが不平を鳴らすとおり、アーク・ルーンの南部戦線の今後は、降服した精霊戦士たち及び、精霊国家郡の敗残兵の一部に先陣を務めさせるのが、レミネイラの構想である。
正確には、先陣に立たせて戦わせるというものだ。
七竜連合との戦役における最終局面、バディン王国侵攻でもアーク・ルーン軍は降伏した国々の兵馬とドラゴンを先手とした。ただ、それを命じたスラックスの意図は、降兵の忠誠心を試し、引き締めるところにあった。
東部戦線と南部戦線では、色々な点で異なる。
六十万の大兵力を一流の指揮官たちが統率する東部戦線は、アーク・ルーン軍のみで攻略を可能とする。また、マジカル・ウィルス『ドラゴン・スレイヤー』と主に第十一軍団との戦いで、竜騎士はほとんどいなくなり、降兵たちには補助戦力を務めるのがせいぜいなのが実状だ。
三十万の内、二十万をメガラガとインブリスが指揮する南部戦線だが、精霊国家郡の南にはいくつもの小国や部族が林立する状態にあるので、これだけなら自力での征服は可能ではある。ただし、ドラゴン・スレイヤーと違い、南部戦線に投入されたエレメンタル・キャンセラーは精霊戦士を弱体化させる魔道兵器だったので、戦いの中で半数を失いながらも、降兵の中に数百の精霊戦士がいる。
エレメンタル・キャンセラーの長期間の使用は、その土地に悪影響を及ぼすので、今は停止させている。もちろん、本来の力を取り戻した精霊戦士たちが逆らわないよう、彼らの家族を人質として確保しているのは言うまでもない。
どの戦線でも反逆防止のため、亡国の重鎮かその家族を人質としているが、南部戦線はその数がダントツに多い。人質の管理に兵を割いている分、戦力が低下している現状を踏まえ、レミネイラは降兵たちを実戦に投入しようとしているのだ。
人質の管理をより完璧とするため、第八軍団、十万もの兵を割くことをレミネイラは考えている。数百の精霊戦士を残す精霊国家郡の残存戦力は、一個軍団を上回るのだから、うまく運用さえすれば勝算も成算も充分にある。
さらに完全を期し、降兵の背後に第三軍団を配置し、不測事態に備えて第六軍団が遊撃の位置に置く。精霊国家郡、新たな領土を抑えつつ、南下作戦に充分な戦力を投入するこの体制に、インブリスは賛成したのだが、メガラガは性格的に渋い反応を示し続けた。
年の割りに青臭いところのあるメガラガだが、
「先陣は、言うまでもなく、重要な役所だ。そこを降兵に任せて良いと思っているのか? なるほど。降伏した者たちには、先陣を任せるに足る戦力はある。だが、戦力が十全に機能するには、充分な戦意が必要だ。イヤイヤ、戦わされる降兵の戦いぶりなど、及び腰になるのは目に見えている。おざなりに戦い、踏ん張ることなく逃げ出したなら、その敗走にこちらが巻き込まれることになるぞ」
その指摘と懸念は決して的外れなものではない。
味方が一部でも敗走すれば、それは全体に動揺を及ぼす。いかにメガラガが第二陣にひかえ、当人に不退転の覚悟があろうが、降兵たちが敗走は第三軍団を動揺させ、浮き足立たせるだろう。
「メガラガ閣下の心配は当然のものですが、その点に対しては、レミネイラ閣下は二重の手を打たれるつもりです」
「ほう。どのような手を打つつもりなのだ?」
「一つは第二陣にひかえるメガラガ閣下が率いる第三軍団です。降兵が勝手に退こうとしたなら、その背後に攻撃を加え、後退をさえぎってもらいたい」
この手立てにメガラガの顔にハッキリと嫌悪が浮かんだ。
元は敵、降伏して味方に相手とはいえ、背中に攻撃を加えてでも戦わせろ、というのだ。
だが、メガラガの自らの嫌悪を言葉にするより早く、
「もちろん、これは勝手に後退しようとした場合の話です。レミネイラ閣下は、勝手に後退する気が起きぬよう、もう一つ手を打たれますから、このメガラガ閣下を第二陣とするのは万が一に備えてとお考えください」
むしろ、あのレミネイラが勝手に退こうとしないようにするという、もう一つの手立ての方が大いに気になるというもの。
「いったい、レミネイラは何をする気なのだ?」
「はい。最後まで我が軍に逆らった二十名の精霊戦士など、そのような者の一部、彼らの遺族を見せしめのために凌遅刑に処すとのことです」
あまりに過酷な方策に、メガラガは嫌悪の色が吹き飛ぶほど唖然となり、インブリスすら呆気に取られた。




