南方編14
「は~い、牛乳で~す」
その聞き覚えのある声が天幕の入口から響いた時は、まだ朝も早い
時刻であったが、フレオールもミリアーナもシィルエールもフォーリスも目を覚まして着替えを終えていた。
フレオールたちが訪れたその日の夜には、レミネイラの読みと手配どおりに精霊国家群の最後の抵抗勢力は消失した。
もっとも、戦いも波乱もなく終わったゆえ、第六軍団に慌ただしい動きはなく、フレオールらも用意された天幕で早々に就寝した。
武芸の修練が日課であるフレオールらの目覚めは早い。ミリアーナやシィルエールは気にしないだろうが、フォーリスもいるため、仕切りのある天幕で四人が着替えを終え、愛用の武器を手に朝食前に軽く鍛練しておこうと、天幕から出ようとした矢先、偶然、入口からレミネイラの声がしたのだ。
天幕の中では第六軍団長の何をしに来たのかわからない四人だったが、天幕が出て脇に置いてある四本の細長い容器に入った牛乳を見て、レミネイラが何をしたのかはわかったが、そのレミネイラ当人を見た四人は、レミネイラが何をしているのかはわからなかった。
「……何をしているのですか、レミネイラ閣下?」
「牛乳配達」
フレオールの問いに答えるレミネイラは、牛乳の入った容器を並べた木箱を肩から下げていた。
「そんな格好で?」
「これは先史文明で最もポピュラーな修業法や」
山吹色の胴着を着て、黒い腰帯を締め、亀の甲羅を背負うレミネイラに対しての、続いての問いに答えたクマぞうだった。
そのクマぞうの左右には、ブタきちやサルべえもいる。
「つまり、牛乳を配っているのは修業の一環と?」
「そうや。レミ嬢ちゃんには強い子に育って欲しいからな」
「おう。オラ、がんばんぞ」
二十二歳のバツイチ女性の気合いに、フレオールは内心で呆れる。
先史文明に関する知識のないフレオールには、この特訓方法の意味はわからない。ただ、亀の甲羅というのは存外、重いことは知っており、これを背負って動くだけでも体は鍛えられる。
亀の甲羅の重さならば、普通の女性はその重量に動けなくなるはずだ。
ミリアーナら竜騎士ならば、亀の甲羅を背負って動くことは可能だが、レミネイラは竜騎士ではなく、その知謀はいざ知らず、肉体面ではそこらの貴族の令嬢と大差ない。
なのに、平然と動き回れる理由は、フレオールと、そしてシィルエールには一目瞭然。
亀の甲羅に軽量化の術式が施されいるからだ。
二人の見るところ、これでは何の訓練にもなっていないのだが、
「このまま順調に修業をしていけば、充分に天下一武闘会で優勝が狙えんで」
「おう。オラ、ワクワクすんぞ」
「もっとも、ワイもグラサン外して、カツラ被って出場するから、優勝はできんやろうがな」
「おう。オラも負けねえぞ」
楽しげにそんなやり取りしながら、レミネイラはクマぞうらと共に次の天幕に向かう。
ちなみに、ベーヅェレの指示と配慮で、お楽しみの妨げにならぬよう、フレオールらの天幕は他の天幕から距離を置いて設置されている。
「……何がしたいんですの、あの人」
家族を自らの手で皆殺しにした元王女の思考形態がわからず、家族を自らの失策で皆、失った元王女がそうつぶやくと、
「少なくとも、あれだけのことができる人ではあるみたいだよ」
応じたミリアーナが視線を転じた先には、無念げな表情を浮かべる
二十個の生首が晒されていた。
レミネイラと密かに通じた八十人の仲間に裏切られ、殺された精霊戦士たちの首が。




