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南方編13

 アーシェアが軍団長として赴任した第十三軍団の野営地は、旧ゼラント王国、魔法帝国アーク・ルーンのゼラント領の東、マヴァル帝国との国境の間近に設けられていた。


 第十三軍団はまだ編成途中であり、兵もまだ他の軍団の七割程度、その半数以上が規定の訓練を終えていないありさまだ。師団長からして、揃っていない状態だ。


 敵国の眼前で訓練と編成している第十三軍団の現状だが、


「マヴァル軍が攻めてくれば、ちょうどいい調練になるな」


 アーシェアがそんな大胆につぶやきをもらすのも無理はないだろう。


 副官のフレオールは欠くが、副軍団長のムーヴィルに、メリクリス、ヴォルパー男爵、ロック、グォント、カルタバの師団長はいる。兵にしても、メリクリウスが鍛え上げた灰甲兵を含む三万の兵は運用に不安はない。また、アーシェアはメドリオーから、未熟な兵でも使い方しだいという手本を見せてもらっている。


 今更、どうしようもない話ではあるが、ワイズ軍を率いてアーク・ルーン軍と戦った際、ムーヴィルたちのような部下がいてくれれば、とアーシェアからすれば思わずにいられない。ヅガートに用兵家として一日の長があるのは否定できぬが、第十一軍団の強さはクロックやランディール、タルタバら豊富な人材に拠る所が大きい。


 カシャーン公国の将軍であったグォント、アーク・ルーンの軍人であるカルタバは望みようがないが、マードック、ミストール、ムーヴィル、メリクリス、ヴォルパー男爵はゼラントの、ロック、チャベンナはロペスの、ゾランガはフリカの、マフキンはタスタルの出身であり、元は味方なのだ。


 自分と叔父だけではなく、マードックらも加えた陣容であったならば、ワイズ軍は第十一軍団に、七竜連合は魔法帝国アーク・ルーンに勝てたのではないか?


「いや、勝てなかっただろうな」


 アーシェアは自分の妄想を否定した、いや、するしかなかった。


 自らの用兵に自信はある。叔父であるイライセンは、軍略家としてアーク・ルーンの誰よりも優れている。マードックらはアーク・ルーンの優れた人材に劣らぬ質の持ち主ばかりだ。


 だが、優れた人材の総数ではアーク・ルーンの方がずっと多い。それは優れた人材を要所要所に配置するアーク・ルーンの組織力の高さを意味する。


 アーシェアの見るところ、メドリオーとヴェンの能力にさほど差はない。訓練のように、同じ条件、同じ兵数ならば両者は互角の戦いを演じるだろう。しかし、実戦においては、組織力の差によって、メドリオーはヴェンを下した。


 何よりも、アーシェアが勝てないと確信する理由は、ワイズが、七竜連合が滅びた最大の要因が、総合力においてアーク・ルーンに大きく劣っていたからだ。


 アーシェアとイライセン、そこにマードックら有為な人材がどれだけ加わろうと、父親のようなバカが味方にいれば、巧緻な防衛策も台無しとなるだけだ。


 アーク・ルーンは実質的なトップのネドイルの元、しっかりとした統治と支援が機能しているので、前線の軍隊は敵国の攻略にのみ専念できる。イライセンですら屈伏せねばならないほど、足を引っ張る味方の有無は戦争の勝敗を左右するのである。


 バカな味方のせいで負けぬはずの戦に大敗したアーシェアだが、アーク・ルーンに降った今は、そんな心配はいられない、とはならない。


 何しろ、他の軍団と違い、彼女の配下にはかつての同胞、竜騎士の生き残りが配属されており、しかもアーシェアは着任にして間もないというのに、竜騎士とアーク・ルーン兵がもめ事を起こし、その裁定が彼女の元に回ってきたからだ。


 士官待遇とはいえ、竜騎士は特務兵士という地位でしかない。兵士同士のいざこざなど、本来は師団長すらタッチしないものなのだ。


 なのに、軍団長が直に裁かねばならない理由は二つ。特務兵士、竜騎士はアーシェアの直属という扱いであり、もう片方の当事者であるアーク・ルーン兵が、灰甲兵、軍団長の直属部隊の兵士だから。


 もう一つは、ムーヴィル、メリクリウス、ヴォルパー男爵、カルタバがこぞって、灰甲兵の非を理解しつつも擁護しているからだ。


 軍務の一環として、竜騎士には私掠行為が認められている。ゆえに、竜騎士が敵国の貴族を奪い、殺すのは何ら問題ない。


 数人の竜騎士がさらってきたマヴァル貴族の娘、されも十くらいの少女を輪姦し、なぶりものにしていても軍人としては間違っておらず、いたぶられる少女の凄惨な姿を見かねて、止めに入った数名の灰甲兵の行動は、友軍を妨げたとして問題視される。


 鍛え抜かれた灰甲兵だが、竜騎士にはかなわない。開き直った竜騎士にその灰甲兵が殴り飛ばされると、他の灰甲兵も集まり出して騒ぎは大きくなっていった。


 味方同士が本格的に相争う前にムーヴィルが駆けつけ、その場でおさめようとしたが、お楽しみを邪魔された竜騎士がおさまらず、殴り飛ばした灰甲兵の糾弾を始めたのだ。


 本来なら、竜騎士のオモチャにされていたマヴァルの貴族令嬢を助けた灰甲兵をただちに処罰すべきなのだが、ムーヴィル、メリクリス、ヴォルパー男爵、カルタバがその非を理解しつつも心情的にその灰甲兵の

味方に回ったため、事態が複雑化してアーシェアの元まで問題が回っていったのである。


 ムーヴィルらは灰甲兵の審理に有利な材料を集めるべく、竜騎士たちの軍務の実態を調べたのだが、その功績の数々は胸くその悪くなるものばかりだった。


 マヴァル貴族の女子供をさらって来たのは今回が初めてではなく、日常的に行われていた。当初はうさ晴らしに貴族の娘を犯す程度だったが、今ではザゴンを師と仰ぐかのごとき拷問を加えるようになっている。


 そうして使いものにならなくなると乗竜に食わせていたのだが、それも今は生きたままドラゴンに食わせて、その反応を酒の肴にしている悪趣味さだ。


 先日、軍務に戻ったナターシャの行状はここまで酷くないものの、誰よりも戦利品を得るのに熱心であり、しかも手に入れた指輪や耳飾りなどにべったりと血がついていても、平然とそれをせっせとため込んでいる。また、マヴァル貴族の死体をライトニングクロスに食わせるのも当たり前といった態度だ。


 同じ竜騎士として、かつての同胞が誇りを失った姿に、アーシェアはため息しか出てこない。


 もっとも、彼女は途中退場したから、まだマトモで、戦の狂気に染まらずにすんだとも言える。七竜連合の滅亡に立ち合い、彼女の叔父が演出したバディンの王侯貴族の処刑に加わっていたなら、矜持や正気を保てなかっただろう。


 ただ、イライセンの教育は無駄ではなく、今の自分たちのしていることを何倍にもして経験している竜騎士たちは、ある意味で賢かった。


 アーク・ルーンの政治姿勢は民に重きを置き、貴族を軽んじる。自らの経験で民を傷つけてはならないが、貴族はどれだけ痛めつけてもいいことを知っている竜騎士たちは、マヴァルの民には手を出さず、マヴァル貴族のみをうさ晴らしの対象にした。加えて、掠奪した品は規定の半分をきちんと納めている。


 アーシェアやムーヴィルたちにとっては業腹だが、竜騎士たちは守るべきことは守った上で、軍務の範囲内で役得をえているだけなのだ。


 その正当性から竜騎士は声高に糾弾しているが、


「頭の悪さは相変わらずか」


 かつての同胞に内心で、アーシェアは失望は新たにした。


 以前の竜騎士たちは、頭が悪いなりに自ら考えて行動していた。そして、今の竜騎士たちは賢くなったのではなく、考えるのを止めてしまっただけでしかない。


 余計な考えを持たぬゆえ、アーク・ルーンの道具としては申し分はない。しかし、道具でしかない以上、不要となればあっさりと捨てられるだろう。


 アーク・ルーンが、ネドイルが尊重するのは人材ゆえ、


「……お主たちの言い分はわかった。だが、お主らは責める相手を間違えておるわ。兵にそうと命じたのは、私なのだからな」


 メリクリスがついに不機嫌な声でそう言ったのも無理はないだろう。


 人として間違っている行為を軍規に反していないから正しいと恥ずかしげもなく主張し続ける竜騎士たちの態度には、不快感を覚えているのはメリクリスだけではない。アーシェア、ムーヴィル、ヴォルパー男爵、カルタバも同様で、メリクリスが言わねば、彼らの誰かが同じセリフを口にしていただろう。


 メリクリスの発言というより、迫力に竜騎士たちが押し黙ると、


「今回の騒動は全て私の責であり、兵らは我が命に従っただけ。アーシェア閣下にはその点を踏まえ、処罰をお願いしたい」


「わかりました。メリクリス卿が恣意的に兵を動かしたなら、兵の罪はメリクリス卿のものとなります。後日、処分を言い渡すので、それまで謹慎を命じます」


 兵を庇おうとする心情を汲んで、アーシェアは裁定を下す。


 兵を非難した竜騎士と、兵を庇うメリクリス。どちらに兵を率いる資格があるかは明白だ。


 だからこそ、アーシェアは明白なまでに理解できた。


 竜騎士の上辺の強さに率いられただけの兵が、兵の心を得た将に負けたことが。



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