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南方編10

 世界中の各地に先史文明の遺跡はわりと残っており、その遺跡を採掘すれば先史文明の物品や資料が発見されるのだが、それでも先史文明について判明していることは少ない。


 先史文明の遺跡が見つかれば、国や個人が先を競って調査と採掘を行う。だが、その目的は珍しい品々を手に入れるためであって、先史文明を学術研究する者は大した数ではない。


 何より、遺跡が各地に点在しているため、研究熱心な国があっても、他国が保有する資料はどうにもならず、一国では手に入る資料に限りがあったからだ。


 もっとも、そのような問題、史上空前の大帝国アーク・ルーンには何の障害にもならない。ただ、その独裁者たるネドイルは歴史や文化に興味などなく、統治者の義務として保護する程度であった。


 その姿勢は今も変わっていないのだが、


「たしか、レミネイラ将軍の帰順を機に、先史文明に関する研究を大々的に始めたと耳にしましたが、何かわかったのですか?」


「最近のことだが、先史文明が滅びた理由が判明した。まあ、最も有力な説が定まったと言うべきだろうが」


 ベダイルの問いに、ネドイルは皮肉めいた笑みを浮かべながら答える。


 歴史の常として、正確なことは過去のヴェールに包まれ、その時、何があったかが確定できず、諸説が入り乱れる。こうした迂遠さが、ネドイルが歴史に興味を抱けぬ一因である。


 元から興味のない分野ゆえ、大宰相はどうでも良さそうに、


「学者どものまとめたところによれば、一九九X年、世界はカクヘーキとやらの炎に包まれ、壊滅状態になったそうだ」


「……壊滅ということは、そこで滅びたわけではないのですね」


 ベダイルも歴史はそう興味のある分野ではないが、異母兄と違って研究者気質な彼は、先を促す声に熱が帯びる。


「かなりの先人が死んだそうだが、その時点では一握りは生き残ったらしい。だが、カクヘーキというのは人を殺すだけではなく、大地の実りも奪うそうだ。それでさらに飢えて死んだが、それだけではない」


「まだ何かあるのですか?」


「ああ。生き残った先人の一部が変貌し、それが先史文明のトドメを刺したらしい。信じ難いことに、先人の一部、何千何万の者が、ザゴンのような髪型と性格になったそうだ」


「それは、本当に地獄ですね」


 軍務に直に携わっているわけではないベダイルは、さほど詳しくは知らないが、それでもザゴンの凶状、凶悪さは耳にしており、顔をしかめてかつて地上に具現した地獄絵図に強い嫌悪を示す。


 だが、道徳家ではなく、研究者であり、探究者であるベダイルは、


「破壊の炎に呪詛、さらに精神汚染。三重の効果を世界ひとつに対して行うとは、カクヘーキとはいかなる術式が施されているのか、興味が尽きません。特に精神汚染に関しては、兵器ではなく芸術の域にありましょう」


 破壊の炎や呪詛は、制御を度外視すれば、理論上ではいくらでも威力や範囲を大きくできる。だが、精神汚染は威力を単純に高めればいいというものではない。


 特にネドイルの依頼で、マジカル・ウィルス『ドラゴン・スレイヤー』を開発したベダイルは、精神系魔術の複雑さと難しさを痛感している。


 何しろ『ドラゴン・スレイヤー』は、たしかに七竜連合に致命打を与えた魔道兵器だが、直に相手にぶつけた上、とっさに精神防御をされば通用せず、しかもその効果は単に理性と知性を壊すだけ。おまけに肉体へのダメージや呪いなどの追加要素もないが、


「さじ加減の難しい精神系魔術。理性を保ったまま凶暴さで染め上げる。それを一人に対してならともかく、世界規模で行うのだ」


「はい。正直、カクヘーキの前では『ドラゴン・スレイヤー』など児戯にも等しいと認めるしかありません」


 この二人でなくとも、ザゴンの同類を大量発生させたと聞けば、魔術師はその効能に舌を巻くしかないというもの。


「これは秘密なのだがな。ある遺跡からカクヘーキの絵図面を……」


「大兄。ぜひ、オレにも見せてくれ」


「それは構わんが、試しに作ろうとしないというのが条件だ。正直、内容がちんぷんかんぷんで、おそらく誰にも再現はできぬと思うのだが、世界を滅ぼした代物だ。慎重に度が過ぎるということはないだろう」


 食いつく異母弟に、ネドイルは苦笑しながら釘を刺す。


「ともあれ、先史文明の遺産に興味があるなら、カクヘーキの絵図面と共に入った物もある。それも目を通してみるか? こちらは危険性のない物ゆえ、再現を試みるのに反対はせん」


「ぜひ、お願いします。で、そのもう一つの絵図面は、そこには何が記されているのですか?」


「ヨセテアゲルぶら、だ」



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