南方編9
「まだ新型の[マダラ]はできぬのか?」
「無理を言わないでくれ、ネドイルの大兄。変身能力を持たせるとか、まったくの未知の領域だ」
魔法帝国アーク・ルーンの実質的な支配者からの無理難題に、その異母弟の一人であるベダイルは、辟易した表情で辟易した声を出す。
多忙を極める大宰相の業務だが、時に手の空く時間が生じる。しかし、仕事が趣味のようなネドイルには、余暇にすべき趣味というものがない。
そのような時、ネドイルは部下や身内の元をぶらりっと訪れ、酒を酌み交わしつつ会話を楽しむ。
今も政務が一時的に途切れたので、酒を土産にベダイルの元を訪ねただけで、別に新型魔甲獣の督促に足を運んだわけではない。研究所の一室で異母弟と酒を飲んでいる際、会話のネタとして自分のオーダーを持ち出しただけである。
ちなみに、この研究所にはリナルティエやマルガレッタらもいるが、彼女たちは兄弟の語らいの場の邪魔にならぬよう、気を遣って席を外している。
「そもそも、大兄。なぜ、そんなものを造る必要があるんだ? 魔甲獣をベースにするとはいえ、そんな特殊能力を付与したんじゃ、量産などできぬぞ。兵器としては失格だろうに」
魔道戦艦や魔甲獣の設計図は、ベダイルが子供の頃、魔道の書物を読んだ後、思いつくまま書きなぐったものを元としているが、後の天才魔術師の作品はこれだけではない。ただ、ネドイルが異母弟のラクガキを見て採用したのが、この二つだっただけである。
ベダイルの発想の中には、魔道戦艦や魔甲獣より強力な作品がいくつもあった。それだけではなく、旧アーク・ルーン軍か運用していたものには魔道戦艦や魔甲獣より強力な兵器もあったが、それらもネドイルは採用することはなかった。
旧アーク・ルーン軍が敗れた要因の一つに、魔道兵器は強力であればあるほど良いと考えた点だ。
強力な魔道兵器の前に、ネドイルもメドリオーも敗れたことはある。だが、敗戦での経験を元にその魔道兵器の攻略法を編み出し、ネドイルらは勝利をおさめた。
「ただ一度の勝利を得るだけなら、強力な魔道兵器を一つ作るのも良いだろう。だが、百度の勝利を得るなら、百門の魔砲塔を作り、それを効果的に運用した方が良い」
七竜連合、いや、バディン王国との最後の戦いにおいて、亡命した魔術師たちは強力なキメラを用意したが、それ一体で戦況を覆すことはできなかった。仮に、キメラの猛威がアーク・ルーン軍が退いたとしても、スラックスならは再戦すれば充分にその悪あがきを排除できただろう。
強力な魔道兵器の存在をネドイルは否定するわけではない。七竜連合と精霊国家郡には、強力な魔道兵器で致命打を与えている。だが、一度の行使で致命打を与え、多用することはなかった。多用すれば、敵が対処法を思いつき、それによって自軍がいつか敗れると考えたからだ。
しかし、それより重視したのは、強力な魔道兵器をいくつも作るより、同一の魔道兵器を作る方がコスト、運用、生産の面で良いからである。
言ってみれば、魔道戦艦は自走式の魔砲塔、魔甲獣は生物を大きくしてヒフを硬くしただけで、製法さえ確立すれば量産が可能な単純な構造だ。そして、単純ゆえ、用途に応じて手を加えるのも比較的な楽なので、汎用性も高い。
ベダイルも量産性と汎用性を重んじる異母兄の兵器思想を汲み取って、魔道戦艦と魔甲獣のバージョンアップをしてきた。
そうした背景と積み重ねがあればこそ、二体でアーシェアに対抗できる魔甲獣も造れたのだ。
なのに、今回のネドイルの注文はその基本原則を大きく逸脱していて、少し手を加えてどうにかなるものではないので、ベダイルも困惑が否めない状態にある。
「魔甲獣を大きくも小さくもできる利は素人のオレにもわかる。小さくした魔甲獣を城に忍び込ませ、元のサイズに戻せば、その城は大混乱して制圧できるとは思うが……」
「たしかに素人考えだな。そうした魔甲獣を数十と作れるなら可能な策だが、数体では大きな城を落とせるか、微妙だ」
ネドイルの経験から、城はその大小に関係なく、守る者の力量に命運を左右される。
ネドイルの部下で城を落とした数が群を抜いているのは、メドリオーである。大きな城を何度も呆気なく落としたことがある一方で、ミベルティン戦役ではエクスカンの守る小城を落とせぬどころか、反撃を食らって負傷している。
数十と変身型の魔甲獣を用意でき、物理的にどうしようも状況を作れるならともかく、名将なら数体程度の混乱などおさめてしまうだろう。
無論、この辺りの道理を軍事の素人であるベダイルに説いても仕方ないので、
「今回のオマエへの依頼は、軍事や政略などを度外視してくれ。これはかつての過ちを繰り返さぬために必要なことなのだ。太古に滅びた先史文明の知識が伝える教訓を、オレがかんがみて、な」




