南方編
当然の話だが、ダルトーの構想はコノート王国を攻めるリムディーヌが攻めあぐね、スラックス、アーシェアの両将が快進撃を重ねるというものだ。
リムディーヌにとっては不名誉な話であり、普通ならば第五、第十三軍団に遅れを取らぬよう、コノートを強攻するであろう。
ダルトーの構想は、コノートにとっては最も良い幕引きではある。ただ、それを実現させるには、リムディーヌにその不名誉な甘受させるだけの利、交渉材料を用意せねばならないが、そもそもリムディーヌ、いや、アーク・ルーン側と密かに通じねばならないので、
「交渉材料は後として、ウィルトニア殿かモニカ殿を通じて、アーク・ルーンの高官にこちらの意志を打診できぬか?」
大将軍であるダルトーなら、密使の一人や二人、アーク・ルーン側に走らせるくらいの権限はある。だが、自分たちに都合のいいだけの内容を伝えたところで失笑されるだけだ。
ただ交渉を持ちかけるより、誰かしらアーク・ルーンの高官に仲介してもらった方が、スラックスなりリムディーヌなりも聞く耳を持ってくれるだろう。
モニカの祖父、父、叔父、兄はアーク・ルーンの歴とした高官だ。ウィルトニアの姉も、今やスラックスやリムディーヌと同格の存在である。高官でなくとも、竜騎士、正確には竜騎士見習いであるウィルトニアとモニカは、他に生存している竜騎士らとだいたい顔見知りである。
仮にナターシャやティリエラン程度では無意味でも、アーシェアやマードックからの仲介ならば、スラックスやリムディーヌも東方軍後方総監や第十三軍団長の顔を潰さぬ程度の気遣いはしてくれるはずだ。
何より、そうしたコネがうまく機能すれば、アーク・ルーンへの根回しの取っかかりになってくれるかも知れない。
ダルトーの構想を実現する方法は二つ。リムディーヌを買収なりして手心を加えてもらうか、リムディーヌが手心を加えるのをアーク・ルーン軍の作戦にしてもらうか、である。
この時点ではダルトーもジルトも知らないことだが、ワイロを宦官に贈らなかったゆえに夫を失ったリムディーヌは、宦官を毛嫌いしていると共に、贈収賄を大いに嫌っている。もし、リムディーヌに買収工作を仕掛けたならば、彼女の機嫌を損ね、意固地にしてしまっただろう。
それよりもアーク・ルーン軍の作戦として、ダルトーの構想を組み込んでもらえれば、リムディーヌの不名誉のフォローはアーク・ルーンが受け持ってくれることになる。
「ウィルトニア殿には、その点はお願いしてみますが、父上、どうなるかわからぬしても、父上の目指すものは陛下やフンベルト卿の目指すものは同じです。陛下に内々に父上の真意を告げ、アーク・ルーンとの秘密裏の交渉に後押ししてもらってはどうでしょうか?」
ダルトーの構想と交渉は「最終的に大人しく降伏するから、マヴァルとジャシャムが滅びるまで待ってね」というものだ。アーク・ルーンがそれにどう応えるにしても、密約を結ぼうとするなら大将軍よりも国王からの申し出の方が権威があるのは確実だ。
しかし、息子の進言にダルトーは大きく頭を左右に振り、
「それはいかん。それだけは絶対に避けねばならんのだ」
「父上の危惧はわかります。もし、密約がバレた時、陛下が関わっていたとなれば……」
「それもあるが、それだけではない。陛下のご性格を考えよ。わしが密約を成立させねば、旧モルガール王のような待遇を陛下に望めまいぞ」
モルガール王国などが戦わずに降ったのは、アーク・ルーンの長期に渡る巧妙な内部工作の結果だ。
その巧妙な点の一つが、国王に大貴族の待遇を与えたことだ。
もし、自分の主君が旧モルガール王のように、我が身を第一であったなら、ダルトーも主君に自分の真意を隠さずにすんだだろう。
エドアルドの民を第一とする政治姿勢、何より信念は嘘偽りのないものだ。エドアルドにアーク・ルーンとの交渉を任せたなら、コノート王は降伏後の地位を交渉するどころか、自らの命を交渉材料にするのは明白である。
「これに関しては、フンベルトも当てにならん。あやつは陛下の御心を第一と考え、陛下の自死を止めるどころか、共に死ぬのは目に見えておる」
国王の性格も国務大臣の性格も大将軍の性格も知っているジルトには、反論の言葉こそなかったが、
「……それで父上は陛下を生かすために、最後に自死を選ばれるつもりですか?」




