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南方編7

「……アーク・ルーンと密かに通じる手段はないか?」


 父ダルトーからそう切り出された時、ジルトは思いきり頭を殴られたような衝撃を覚えた。


 アーク・ルーンの侵攻を前に、コノート王国、特に軍部は国防体制の強化にするべきことはいくらでもあり、大将軍も軍師も普段は家に帰れぬ日の方が多いのだが、その日、御前会議にてコノート王国の方針が抗戦と定まった日は、父子が揃って邸宅に帰宅できた。


 久方ぶりの家族の団らんの後、ジルトは父の書斎に呼ばれ、アーク・ルーンとの内通について相談されたのだ。


 愕然となる息子の反応に、ダルトーは真剣な表情で、


「オマエがそうなる気持ちはわかるが、まずはわしの話を聞け。このままアーク・ルーンと戦い、勝てると思うか?」


「その点については、ボクはフンベルト卿と意見を同じくします。戦争状態が長期化すれば、コノートの国力は破綻する。敗北が見えている戦いだからこそ、戦わずに、被害が出る前に敗北するべきである、と」


「それは理想的な負け方であるが、現実的な負け方ではないな。被害が出る前に終わることを望む気持ちはわかるが、世の中には、血を見ずには終われぬことがあるのだ」


「それは父上も、アーク・ルーンと戦っても勝てぬと思われているということですか?」


「業腹だが、アーク・ルーンの強さは認めぬわけにはいかん。正直、ただ守ることも難しいと思っておる。だからこそ、前以てアーク・ルーンと通じておく必要があるのだ」


 若年とはいえ天才軍師と称えられるジルトである。ここまでの会話で、父親の意図はおぼろげに見え、父親が売国奴に成り下がろうとしているわけではないのに気づき、心中で安堵の息をつく。


「わしとて部下や騎士らと同じ気持ちだ。戦わずに降るなど、納得できるものではない。命がけでアーク・ルーンに噛みついてやりたいわ。若い頃なら、間違いなく剣を手に、独りでもアーク・ルーン軍に斬り込んでおるわ」


「お気持ちはわかりますが、お立場を考えてください、父上」


 若い自分より血の気の多い父親をなだめる。


「わかっているからこそ、陛下の意に反してまで若い連中をまとめておるのだ」


 ダルトーが、大将軍が戦う姿勢を示せば、アーク・ルーンとの一戦を求める者たちが彼の元に集う。逆に、ダルトーが戦う姿勢を示さねば、戦いを求める者たちが勝手にアーク・ルーン軍に戦いを仕掛けかねない。


「まだ正規のアーク・ルーン軍が動いていないが、旧モルガール軍はいる。一部の抗戦派が勝手に仕掛け、負ければいいが、勝ってしまったら目が当てられん」


「はい。ボクがアーク・ルーン軍の将なら、旧モルガール軍が敗北した場合、それを逆用します。敗走した旧モルガール軍を追い、深入りをした我が軍を、竜騎士などを用いて後方を遮断すれば、我が軍は敵中で孤立し、数万の兵を一気に失いかねません。それを理解できる父上に、軍を手綱を握ってもらうのは我が国とって幸いです」


 アーク・ルーン帝国の新領土となった旧モルガール王国を守るのは旧モルガール軍である。国が滅んだ旧モルガール軍の士気は低く、コノート軍が攻勢に出れば撃ち破るのは難しくない。


 しかし、眼前の弱敵にばかり気を取られ、真の強敵を見落とせば、ジルトが指摘した事態になりかねなかった。


「さて、ジルトよ。アーク・ルーン軍はどのように進軍するか、その見込みを申してみよ」


「はい。新設中の軍を含め、この方面のアーク・ルーンの侵攻軍は約六十万。その内の半分は来年の春、我が国の南、ジャシャム公国など、アーク・ルーンからすれば南東方面に進軍するでしょう。残る半分は再来年の春、我が国やマヴァルに攻め入ると思われます」


 息子の予測に父親は大きくうなずき、無言で先を促す。


「こちらを攻める三十万は、十万はマグ、十万はマヴァル、そして十万は我がコノートという配置になるでしょう。もっとも、再来年には、マグはアーク・ルーンに取り込まれ、マヴァルは国内を乱されて、我がコノートは良くて孤立無援で十万の敵と戦う状況になるはずです」


「では、その先はどうだ? うまく我が国がアーク・ルーン軍を防げたとして、どのような展開になると思う?」


「マヴァルは為す術なくアーク・ルーンに敗れるでしょう。先に攻められたジャシャムはとうに滅びておりましょう。再来年の夏か秋、我が国は三方から攻められる苦境に陥っていましょうな。ですが……」


「ああ、そうなれば、どれだけ血の気の多いやからでも勝ち目がないことを悟り、降伏もやむ無しと納得するだろう」


 父親の構想がジルトにもこれでわかった。


 この時点で降伏しようとしても、家臣の多くが反発して国論がまとまるわけがない。だから、西から押し寄せるアーク・ルーン軍を全力で防ぎ、時を稼ぐ。さすれば、アーク・ルーンの他の軍が、北のマヴァルと南のジャシャムを滅ぼす。


 こうした展開になれば、三方から攻められるコノートの敗北はより鮮明になる。加えて、自分たちはアーク・ルーン軍を防いだ、マヴァルとジャシャムが負けねばまだ戦えた、という風に抗戦派の面々を納得させられる。


 ただ、この構想をより確実なものとするには、コノートに攻め寄せる第十二軍団と通じておいて、出来ゲームにしておく必要があるが、


「ですが、父上。その交渉材料を何とします?」


 息子の問いは、ダルトーの顔を苦渋に満ちさせた。



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