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南方編6

 コノート王国の現国王エドアルド四世は聡明な人物であり、名君として民からも家臣からも慕われている。


 名君も様々なタイプがあり、エドアルド四世は内政の充実に努める型の君主で、彼は民のことを想った政治を行ってきたので、コノートの政情は大いに安定しているが、国内に問題を抱えていないわけではない。


 その最たるが後継者問題で、エドアルド四世は十年以上も前に死別した王妃との間に女児を一人を設けた後、後妻を迎えることもなければ、妻の生前から愛人を持つこともなかった。


 コノート王室の直系は、エドアルド四世と十七歳のエリシェリル王女のみという状態なのだが、それでも深刻というほどの問題ではなかった。


 エドアルド四世は三十八歳の働き盛り、男盛りで、身体も健康そのもの。まだ十年は国政の第一線に立てる。


 その間にエリシェリルが婿を迎えるか、結婚して男子でも設ければ解決することだ。また、彼女が女王として即位するという選択肢もある。


 だが、それもコノート王国が存続してこその問題だ。


 近年までコノートの外患は北のマヴァル帝国であった。そのマヴァルと現在は同盟関係にあるが、それでめでたしめでたしとなるどころか、西からマヴァル帝国をはるかにしのぐ魔法帝国アーク・ルーンが攻め寄せ、コノートは建国より最大の危機を迎えていた。


 そして、この情勢においてコノート王国の国論は、降伏と抗戦の真っ二つに分かれて大いにもめていた。


 降伏派の代表たる国務大臣フンベルトで、


「アーク・ルーンの国力は我が国はおろか、マヴァルさえ圧倒するほど。戦ったところで、兵と民が疲弊していき、いずれ我が国は戦う力を失うのは明白。民を戦渦に苦しめて終わるより、潔い幕引きにて民の安寧を保つべきだ」


 これに抗戦派の代表たる大将軍ダルトーが激しく反論する。


「古来より、戦は守る側、迎え撃つ側が有利なのだ。アーク・ルーンがどれだけの大軍を繰り出そうが、要地を占めて固く守って耐えれば良い。実際に我らはこれまで、マヴァルがいかな大軍を繰り出そうが撃退してきたではないか。過度に恐れる必要などない」


 分裂した家臣たちの意見を一つにまとめるべく、エドアルド四世はフンベルトとダルトー、降伏派と抗戦派の主だった者を集め、御前会議を開いたのは表向きのこと。


 エドアルド自身の考えは、降伏で固まっている。だが、ダルトーら抗戦派にそれを命じれば反発を招く。


 最悪なのは、抗戦派を説得しないままアーク・ルーンに降伏することだ。


 降伏したコノートを制圧するため、進駐したアーク・ルーン軍に軍部が暴走して襲いかかりでもすれば、かなりの大事になる。アーク・ルーンが背信行為に対して、報復的軍事行動に目に見えているのだから。


 聡明なエドアルドは軍部の手綱を握らぬまま降伏することの危うさを理解し、その内々の意向を受けて、御前会議はフンベルトがダルト

ーを説得する場となっていた。


「マヴァルが攻めて来たならば、それがどれだけの大軍であろうと、我が国に徹底抗戦以外の選択肢はない。連中の侵攻と支配は民の害としかならぬからだ。だが、アーク・ルーンは違う。その軍も兵も民を害することもなければ、その支配も民を害することはない。無念であろうとも、民のことを第一に考え、我らはこの国をどう処すか考えるべきではないか」


「何を弱腰な。マヴァルだろうがアーク・ルーンだろうが、攻めて来たなら、これを撃退するまで。なぜ、進んで国を滅ぼそうとするか」


 国務大臣の言葉に耳を貸すことなく、ダルトーはあくまでも徹底抗戦を主張する。


 歴戦の武将たるダルトーは、近隣諸国の侵攻を何十年と防いで来た

実績がある。どんな不利な戦いも粘り強く戦って敵を退けてきた大将軍の力強い言葉は、抗戦派の自信を深めるだけではなく、降伏派を動揺させ、エドアルド王とフンベルトを苦い顔にさせた。


 ダルトーの息子としてではなく、コノート軍の軍師として列席しているジルトの結論は、王や国務大臣に近い。


 どう考え、策を巡らせようとも、アーク・ルーンを撃退することが難しいからだ。


 数年ならば、父の言うように耐え、守れるかも知れない。奇策がうまくいけば、数度なら勝てるかも知れない。だが、そこまでが限界だろう。


 戦は守る側がたしかに有利だ。地の利を得られるし、補給線が短くすむ。城砦にこもれば数倍の敵を防げる一方、そこを拠点に兵を進め易い。だから、数倍の国力を有するマヴァル帝国の侵攻は退けられた。しかし、フンベルトの言うとおり、アーク・ルーン帝国との国力差は数十倍に及ぶ。


 大軍を以て遠征しているアーク・ルーンの負担は、コノートよりずっと大きいものではある。が、アーク・ルーンの国力ならその負担を数十年とまかなえる。


 対して、コノートの国力では、戦時体制を十年も維持することはできない。


 コノート王国の国力が今の十倍、せめて五倍もあれば、エドアルドやフンベルトも徹底抗戦を選択したかも知れない。二人とて、祖国コノートを想う気持ちもあれば、アーク・ルーンの理不尽な侵略に憤っているのだ。


 祖国愛や侵略者への憤りは、ダルトーたちも同様に抱いている。だが、エドアルドやフンベルトのような先見の明を持たぬ者は、大局的な判断でアーク・ルーンの理不尽に対する怒りを抑えることができずに、侵略者との一戦を望む者がどうしても多くなり、彼らは当然、ダルトーの支持に回る者が多い。


 王とはいえ、家臣の意見は無視できない。だから、抗戦に傾いている国論を説得するため、こうした会議の場を設けたのだが、より国論を抗戦に傾ける結果になりつつあった。


 エドアルドやフンベルトがいかに名声を誇ろうが、こと軍事においてはダルトーの信用度に及ぶものではない。天才軍師として名高きジルトとて、父の実績の前では説得力のある言葉をつむげるものではなかった。


「父上。国務大臣の申す国力差も、マヴァルなどの国と結んで解消されています。大将軍の言うように、皆で力を合わせて国を守るべきではありませんか」


 さらにマズイ発言をしたのは、王女であるエリシェリルであった。


 美しい銀髪をポニーテールに結う、小柄で可憐なエリシェリル王女は、快活な姫君で王族としての教育を充分に受けているのだが、まだ政治の虚実を学んでいなかった。


 マヴァル帝国の大将軍カーヅの提唱する五ヵ国同盟は成立はしている。それだけではアーク・ルーン帝国の国力に及ばないが、それも守る側の優位を加味すれば、五ヵ国が相互協力と失策を犯さね点に努める限り、アーク・ルーン軍を長期に渡って防ぐことは可能となる。


 ただし、それは机上の計算の上での可能性にすぎない。


 長きに渡って友好関係にあった七竜連合と違い、マヴァルやコノートといった五ヵ国は近年まで敵対関係にあったのだ。すでにマグ王国は五ヵ国同盟から離反しつつあり、皆で力を合わせて戦う構想など崩れかかっている。


 だが、エリシェリルと同様、多くの廷臣はそこまで見通せておらず、マヴァルらと同盟を組んでいる点に活路を見出だしている。


 皮肉にも、大国マヴァルの侵攻を撃退した過去が、苦しい戦いも頑張って耐えれば何とかなるという自信を廷臣たちに抱かせていることだろう。加えて、始末の悪いことに、廷臣の多くが人格的に悪辣なわけではなく、弱気になっている「敬愛する王」を守ることを考え、忠誠心ゆえにアーク・ルーンに立ち向かおうとしているのだ。


 良かれ悪しかれ、コノートの廷臣は王の命令に唯々諾々と従う人形ではなく、自分の頭で考えるように努めている。そうした家臣を育ててきたエドアルドの方針は間違っていないのだが、それが今は裏目に出ている。


 こうなると、ジルトも父親の主張に異を唱え難い。大将軍のような人物が抗戦を唱えているからこそ、多くの者が同調しているのであって、ジルトが降伏派に転じればどうなるか。それに釣られて降伏派に転じる廷臣もいようが、一戦もせずに降るを潔しとしない廷臣らは、独自の考えで抗戦しようとするはずだ。それは軍部が独走、暴走し易い状態を生み、それに比べればダルトーが軍を掌握している方がマシというもの。


「……わかった。ダルトーよ。これまでのように軍の采配は任せる。国を守るために最善と思う策を採るがいい」


 家臣に勝てぬ戦いとわからせることかできぬと見て取った王は、やむ無しと自身を納得させ、戦う道を選んだ。


 せめて、一戦で家臣たちが気づいてくれることを願いつつ。



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