ワイズ騒乱編17-2
「こうなったら、ワイズを討ちましょう! それ以外に、バディンの受けた恥、すすぐ術はありません!」
バディン王国の第二王子ガーラントは、その巨体に相応しい大きな怒声を上げ、その無思慮ぶりに家族を一様に渋面とさせた。
ウィルトニアの起こした騒動は、その日の内に王宮どころか、王都の民に伝わり出しており、大きな影響が出始めている。
ワイズの亡命政権は、発足した当初は同情の声が大きかったが、今では厄介者として疎んじていたところに、亡国の王女の暴走で、貴族も民衆も怒りの声を上げるようになっている。
バディン王が家臣一同に「軽挙を慎め」と、自制を促し、民衆にも備えるよう伝えたので、怒りで味方同士が争う事態には至ってないが、何がきっかけでワイズ兵がバディンの兵や民と殺し合うことになりかねない。
緊迫するワイズとの関係をどうするべきか。ウィルトニアに命を脅かされたその日の夜、バディン王は私室で、上の二人の息子と弟二人、そしてその才を高く評価するクラウディアの五人で、話し合いの場を設けた。
さっそく竜騎士としては勇猛なガーラントが過激な意見を述べると、
「ガーラントはそうと考えるか。クラウディアはどう考える?」
すぐ下の弟の性格を知る王太子は軽く受け流し、慣れた風情で妹に意見を求める。
この手の時には毎度のことなので、いつものように妹も二番目の兄を刺激しないよう気をつけつつ、
「ウィルのやり方は脅迫であり、それに憤る気持ちは私も同じです。ただ、私たちは責任ある立場として、怒るより先に、現状を何とかせねばなりません。感情に溺れ、自らの責任を忘れてはなりません」
「何を言う。ウィルトニアの振る舞い、あの恥辱に、家臣も民も憤っている。これこそが答えではないか」
「それでワイズと戦い、我らが傷つき、血を流せば、アーク・ルーンを喜ばすだけです。何より、誓約書を書いてしまった以上、ワイズとの約定を破れば、我が国は信義を守らぬ国と見られます。そうなれば、シャーウ、ロペス、タスタル、フリカ、ゼラントは、我が国を盟主としての資格なしと判断し、ヘタすれば同盟関係すら失いましょう。余りにも失うものが多すぎます」
「あれがマトモな誓約かっ! そんなこともわからんのかっ!」
「たしかに、脅されて仕方なく書いたものです。ですが、誓約は誓約、これを破れば、バディンは自分たちの都合で誓約を守らない国、そう見られます。信義なくして国は成り立ちません。何より、このような失策をおかせば、最低でもシャーウに盟主の座を渡さねばならないでしょう」
「おのれっ、狡猾なっ!」
ガーラントは怒りに任せて吠えるが、それこそクラウディアが強い疑念を抱く点だ。
あまりにも狡猾すぎるのだ。
小さい頃からのつき合いゆえ、ウィルトニアの性格はよく知るゆえ、クラウディアは今回の行動に、どうにも不審な点が目につく。
強く談判するくらいならやりかねない。が、人質を取って脅迫し、さらに誓約書を書かせる周到さ、とてもウィルトニアだけの考えだけのものとは思えない。
極論すれば、口約束ならいくらでも反故にできる。言った言わないは水掛け論だし、言葉だけなら何通りの解釈も可能だ。
だが、書面にしてしまうと、どうにもならない。確たる証拠が残り、反故にした実績が明白になってしまう。
ガーラント以外が騒がないのも、誓約書の意味がわかり、騒いでもどうにもならないことを理解しているからなのだろう。
「とにかく、このような大事となったからには、ウィルトニアが要求した城なり砦なりを早々に用意し、ワイズ軍には一刻も早く王都より立ち去ってもらうべきです。このままでは、我らが目を光らしても、預り知らぬところで、騒乱が起きかねません。古くなって使っていない城はいくつもありますし、ワイズ兵の帰郷を認めれば、彼らに関する問題は一気に片づきます。決して悪い話ではありません」
悪いどころか、むしろ良策と言うべきなのだ。
帰りたいワイズ兵を帰せば、兵力は減少するが、脱走兵が起こしているトラブルが片づく。
また、提供した三つの空き城に、ワイズ軍を派閥ごとに分散させれば、主導権争いは沈静化し、軍の再編も進み、実戦力は高まる。
もちろん、ワイズの問題を片づけるために、何かと骨折りをさせられるバディンに損失が生じるが、それも決して大きいものではない。少なくとも、誓約を破るリスクとはまったく比べものにならないのだ。
腹立たしさを抑えて、冷静になれば、最善というべき結果であり、落着点もベターなものだが、これほどのそつの無さが、ウィルトニアの考えたものと思えない最大の要因だった。
が、いくら疑っても、クラウディアはウィルトニアが敵の知恵を借りたとは思わなかった。何しろ、彼女はフレオールとの死闘を目にしており、あの戦いぶりに一片の偽りがないのを確信している。
もっとも、その点も含めて、トイラックのアドバイスはそつが無いと言えるのだろうが。
「余も、ウィルトニアの行動に腹を立てているが、バディンの王として、七竜連合の盟主として、感情に溺れるわけにはいかぬ。ガーラント、今は抑えよ。そして、クラウディアの言、これを直ちに実行し、国の安泰を計れ」
王の命が下り、ガーラントだけやや遅れたものの、五人は頭を下げ、ウィルトニアの要求のとおり、トイラックの策略を実現するべく動き出した。