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入学編1-3

 フレオールとイリアッシュが、ターナリィ学園長のヘタな説教を受けている間に、けっこう時間が経っていたらしく、ライディアン竜騎士学園の中を進む都度、二年生や三年生に校内を案内してもらっている一年生の小集団がいくつも目についた。


 入学式の日は、各学年、カンタンな注意事項の伝達で短くすませ、一年生らを同じ国のセンパイらが学園を案内するのが、ライディアン竜騎士学園の慣習となっている。


 現在、校内をまとまって歩く生徒の集団は、バディン王国の者ならそれのみで、という風に、七竜連合を形成する七ヵ国の者同士で固まって行動している。


 当然、魔法帝国アーク・ルーン出身のフレオールに、同じ国のセンパイに案内してもらうのは不可能だが、彼の傍らにはイリアッシュがいる。


 学園長室を出たフレオールは、自然とイリアッシュに学園を案内してもらい、当たり前だが、移動する先で同じ学園で学ぶ学友らとすれ違うと、その度に敵意と憎悪に満ちた視線に向けられる。


 魔法帝国アーク・ルーンの大宰相ネドイルが、異母弟の一人たるフレオールを、ライディアン竜騎士学園に入学させた真意が判明していないのだ。極論すれば、弟を敵の手で殺させるのがネドイルの目的かも知れず、七竜連合の王たちは教官や学生らに自重を命じており、そのために入学式では七竜姫が止める側に回り、今も生徒らは、どれほど憎くても、自分を抑えている。


「何で、こんな下らないことで、あんなに真剣で深刻になれるのかねえ。真剣だからこそ滑稽でしかないということもあるけど、その滑稽さも度を越すと、笑えないどころか、哀れにしか思えなくなる」


 数えるのもバカらしくなるほど、憎悪の視線とすれ違うフレオールは、それらを向ける相手の全てを哀れむように、側にいるイリアッシュ以外に聞こえぬよう小声でつぶやく。


「たしかに、可哀想な人たちですからねえ。自分たちがどれほど哀れか、それに気づかないほど愚かとなれば、可哀想でなりませんね」


 うなずくイリアッシュは、そこで自分が人気の少ない裏庭に向かっているのに気づく。


 敵意や憎悪に満ちた視線を向けられるのは、覚悟していても、やはり気持ちのいいものではない。無意識に人目の少ない場所へと足が向いたのだろうが、ライディアン竜騎士学園の裏庭、校舎の陰になって、最も人が寄りつかないであろう場所に、十人の先客がいた。


 正確には、九人と一頭と言うべきか。


 その一頭は、長身で浅黒い肌、整っているが険しい顔立ちの、シャツにズボンというラフな格好に、腰に二本の長剣を差す、一見すれば二十代半ばの青年にしか見えないだろう。


 原則的にライディアン竜騎士学園は、教官や生徒でも授業の際か、手入れなどでも許可を受けていないと、校内で武器を所持できない。ただし、その規定は人間のみに限られる。


 ドラゴニアン。ドラゴン族でも、人に化ける能力を有するドラゴンをそう呼ぶ。そして、ワイズ王国の第二王女ウィルトニアの駆るドラゴニアンは、


「おお、あれが双剣の魔竜レイドか」


 フレオールは喜色に満ちた声を発する。


 ライディアン竜騎士学園がドラゴンに対して武器の所持を禁止しなかったのは、そもそもその必要がないからだ。ドラゴンの爪や牙は刀槍に勝る武器があり、人の姿になれるドラゴニアンも同様で、衣服ぐらいは着るが、人のように武器を使うのは、このレイドだけである。


 ドラゴン族でも変わり種であるレイドは、ただ剣を持っているだけではなく、長き時を剣術の修練に費やし、ドラゴンの姿となるよりも、二本の剣で戦う方が強くなり、ゆえに「双剣の魔竜」と呼ばれるようになった。


 達人の域にある者だけかかもし出せる風格をまとったレイドに、熱い視線を向けるフレオールの傍ら、イリアッシュに九人の人間から殺意のこもった視線を向けられていた。


 レイドがいる以上、この場にはウィルトニアがおり、彼女の周りにいるのは皆、祖国を失った生徒ばかりであった。


 イリアッシュ以外、一年生にワイズ出身の者がいないため、ウィルトニアらは他国の入学案内の邪魔にならないよう、また余計な気遣いさせぬよう、こんな人気のない場所に固まり、失われていた自分たちより若い命を悼んでいたところに、憎悪してやまない相手がやって来たのである。


 国を失った者らは、その原因に激しい憎悪を向けずにいられないというもの。


「……イリア……」

 憎々しげに、二つ年上の従姉の愛称を口にし、怒気とドラコニック・オーラを全身にまとうウィルトニアは、一歩、進み出る。


 ライディアン竜騎士学園の二年生であり、生徒会副会長であるウィルトニアは、姉と同じくすみのある金髪をベリー・ショートにし、美しいが、気がとても強そうな印象を与える顔立ちは、現在、完全に憎悪で染まり、歪んでいた。


 ワイズ王の妹はイライセンに嫁ぎ、イリアッシュを産んだ五年後に他界し、ウィルトニアはその時に叔母を失った。そして、昨年、叔父と従姉がアーク・ルーン帝国に通じた結果、父親は辛うじてバディン王国に逃げ延びたが、姉は行方不明となり、母親と弟は敵に捕らえられ、何よりも祖国を失うこととなったのだ。


 落ち延びた父よりの指示で、入学式では不本意ながら抑える側に回ったが、この状況で裏切り者を前にして、我慢できるはずもない。


「レイド、力を貸してもらいたい。そちらのオマケを始末してくれ。他の者は私の援護を頼む。が、決して前に出るな」


「相変わらず、この手のセンスはいいですね」


 そう評するイリアッシュの声に余裕はない。


 実力が未知数なフレオールに、最も強いレイドを当てたり、怒り心頭のはずなのに、イリアッシュに一対一で叶わぬことを認識し、八人に援護を命じるなど、妙に的確な対応と指示を出している。


 こと戦闘に対する判断力は、明らかに学園の新米教官はおろか、学園長を上回っている。そして、実力的にも、その教えられる立場の彼女の方が上だ。


「イリア、この裏切り者! その首、姉上の墓前に捧げてくれるわ!」


「何を言っている? アーシェア殿は生きているぞ。勝手に殺してやるなよ、妹」


 フレオールのこの発言は、この場の張りつめていた戦いへの緊張を、困惑へと流すのに充分であった。


 ウィルトニアは、従姉からフレオールに視線を転じ、


「姉上は生きているのか!」


「たぶん、そうだと思うぞ。アーシェア殿を仕留めるために用意した、最新型の魔甲獣が二体、見事に壊れていた。おそらく、遅まきながらトリックに気づいたのだろう。まったく、体調が悪かっただろうに、天晴れな武者ぶりよ」


「ちょっと待て! 体調が悪いだと! キサマら、姉上に何をした!」


「いや、何もしてないぞ」


「では、なぜ、大事な決戦の時、姉上の体調が悪く、キサマがそれを知っている!」


「いや、あの時、アノ日だったんだろ、アーシェア殿」


「……あっ」

 年の近い姉妹であるゆえ、少し逆算しただけで、姉の重くなる日が算出できた。


 そして、年の近いイリアッシュも、姉妹の周期を把握していて何ら不思議はない。


 クメル山の戦いの時、すでにイライセンはアーク・ルーン軍に通じていた。その娘からその手の情報が伝わり、決戦の日時をアーシェアの周期を睨んで定めたのだろう。


「な、な、何だ、それは! キサマらはどこまで卑怯なのだ! この恥知らずが! ここまで最低の敵とは思わなかったぞ!」


 姉がけっこう重い方なのを知る妹は、当たり前だが激しい憤りを見せるが、


「うちがある意味で、史上最低の軍隊であるのは自覚しているよ。が、何と言われようが、それで兵の死体の数が減るなら、うちは非難されるような戦い方をする。冗談抜きで、アーシェア殿が元気だと、被る損害が違ってくるんでね」


 平然とそう返すフレオール。


 さすがに、兵の命を持ち出されると、亡国の王女はその点で非難するのは止め、


「それよりも、姉上は生きているのだな!」


「たぶん、と言ったぞ。うちの国も千金の賞金をかけ、探しているのは知っているだろう。まあ、アーシェア殿の立場を考えれば、表に出ようとしないのも、仕方ない話ではあるが」


「姉上の立場だと! 何を言っている! なぜ、姉上が表に出られんというのだ!」


「いや、表に出れば、七竜連合の王たちを討つ、つまりは自分の父親さえ殺さねばならないのだ。いかにそれが王族の務めとはいえ、あまりにも不憫すぎる。アーシェア殿が己の果たすべき責務から背を背けたとして、それを非難するのはあまりに酷だ」


「何を訳のわからないことを言っている! 姉上がキサマらに寝返るというのか!」


「表に出れば、アーシェア殿にはそれ以外の選択肢はないからな。だが、父親や妹と戦いたくもなければ、殺したくもないのだろう。だから、身を隠している、とオレは思う」


「…………」


 言うことがさっぱり理解できないウィルトニアは、いぶかしげにフレオールを見詰める。


 それは彼女に従う、亡国の竜騎士見習いらも同様で、


「姫様、気になさることはありません。こいつは姫様を惑わそうと、適当なことを言っているのでしょう。それよりも、どうされます?」


 傍らにひかえる男子生徒が問うたのは、裏切り者と侵略者をどうするか、である。


 先ほどまで昂っていた戦意が、自分を含めて全員、しぼんでしまったのを感じると、

「……この状態で戦えるものではないな。元より、父より自重を申し渡されていたことだ。とく去れ、イリア。今回は見逃してやる」


 この対応に、彼女に従う八人は不満そうな顔を浮かべるが、フレオールは逆に感心させられる。


 フレオールと会話している間にクールダウンし、命令無視という単語を思い出しただけではない。


 ウィルトニアは自分が従姉に及ばず、部下の援護がなければ勝てないのを理解し、認める度量があり、さらには家臣らに配慮した結果の決断なのだろう。


 レイド、フレオール、ウィルトニア、イリアッシュなら意識を即座に戦闘モードに切り換えられる。が、他の八人は戦意が高まらないと、戦いへの気構えが整わない。


 一度、しぼんだ戦意が高まる前に、イリアッシュに速攻をかけられたら負ける、かも知れない。少なくとも、戦意が高まるまでに家臣らがケガくらいはするし、先ほどよりも戦う条件が悪化している。


「姫様! 我が国に惨禍をもらたした仇を見逃せと言うのですか!」


「王女と家臣が命令違反。ワイズ王の立場はどうなるのでしょうかね」


 イリアッシュが戦闘面だけではなく、政治面にも問題があることを指摘する。


 ワイズ王国が滅びる際、王と家臣の一部は七竜連合の盟主国であるバディンに逃げ延び、亡命政権を樹立しているので、形の上だけだがワイズ王国は完全に滅びていない。


 王と同様、祖国から逃げ延びたワイズ軍の残党は、亡命政権の下に集っている。が、王と臣と兵がいても、今のワイズ王国には土地も民もいない。七竜連合の支援で養われている、極めて弱い立場にある。


 今の国であって国でないワイズの立場で、ウィルトニアらが騒動を起こせばどうなるか。どう考えても、亡命政権の困るのは明白だ。


 どれだけ拳が怒りに震えようが、それを振るえないと悟り、


「とっとと去れ、と言ったはずだ。それと、今日、殺すなと命じられていても、明日、殺せという命令が出るかも知れないと心得ておけ」


 何より、七竜連合の方針に逆らう、それによる動揺を抱えて倒せる従姉でないのを知るウィルトニアは、重ねてこの場での戦いを避けようとする。


 十対二、数だけではなく、総合戦力でもウィルトニアの方が勝っているが、命令違反の枷がある限り、家臣たちが動揺を抱えたまま戦うことになり、足手まといになることさえあり得る。


 裏切り者を確実に始末できるならともかく、失敗して父王らに迷惑かけるだけとなれば、戦えるものではなかった。


「イリア、学園の案内を続けてくれ。招かれざる客は空気を読むべきだろう。個人的には、双剣の魔竜と死合う機会、惜しくはあるが」


 ここにたまたまやって来た側も、火の粉が降りかかってこない限り、それを払う必要はなく、フレオールが無造作に踵を返し、祖国が滅ぼした国の者たちに背を向けて歩き出し、イリアッシュも無言でかつての主筋に一礼してから、今の主筋の者に倣う。


 そして、祖国を失わされた者たちは、唇を噛み締めて必死に己を抑え、遠ざかる二つの背中を恨み辛みに満ちた刺すような鋭い視線で見送るに留め、物理的に刺したい衝動を、ただ必死にこらえた。




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