南方編3
魔法帝国アーク・ルーンのロペス代国官チャベンナは、二十歳を少しばかりすぎたくらいの文弱そうな青年で、元はある商会の事務員であった。
ロペス王国末期のマヴァル侵攻の際、家と職場を焼かれた点は、ロックと通じる点があるだろう。ただ、ロックと大きく異なるのは、家を焼かれはしたが、着のみ着のままながら両親や妻子と共に、戦火からどうにか逃げ延びることができた。
家と勤め先を灰にしたマヴァル帝国に対しては、怒りも恨みもあるが、家族ともども焼け出されたチャベンナがまず考えたのは、両親と妻子をどう養うかであった。
近辺の親類もマヴァル軍に殺されるか家を焼かれたかのどちらかであり、頼れる状態ではない。家族と身を寄せ合い、途方に暮れ、ひもじさに耐えるしかなかったチャベンナだが、不幸中の幸いは餓死寸前のところにアーク・ルーン軍が現れ、食料の配給を始めたことだろう。
さらに幸いだったのは被害調査をまとめるため、アーク・ルーン軍が事務員の一時募集をした点であり、チャベンナもそれに応じた一人であった。
当人としては、次の勤め先を見つけるまでの、つなぎの仕事のつもりであったが、彼の群を抜いて出来ばえの良い報告書がザゴンの目に止まったがため、彼の運命は大きく変わることになった。
呼び出されたザゴンとしばし話し合うと、推薦状を持たされてトイラックの元に行かされた。この時点では役人と採用されるかもと思っていたチャベンナは、旧ロペス王国を統括する役人として採用された。
代国官に任命されたチャベンナは大きく驚きつつも、トイラックやザゴンの眼力に狂いはなく、ロペス領を無難に治めるだけの手腕を発揮している。
ザゴンの推挙を受けこそしたが、チャベンナ自身は残忍非道とはほど遠い性格をしており、旧ロペス王家を敬う気持ちも人並みにある。
有能なチャベンナはロペス子爵の不正にすぐに気づいたが、旧主に対する遠慮もあり、すぐには告発はしなかった。むしろ、不正が表面化しないよう、内々にロペス子爵を説得して、損失補填をさせようとした。
が、ロペス子爵はチャベンナの警告と説得を無視し続け、不正が表面化してしまい、チャベンナの配慮が裏目に出た形となった。
ロペス子爵と不正に荷担した面々は、当然、逮捕、投獄されたが、不正を知りながら告発しなかったチャベンナも訓戒処分を受けたところに、ティリエランは戻って来た。
訓戒処分を受けたが、代国官の任を解かれたわけではないチャベンナは、
「殿下、いや、ティリエラン殿をお待たせして申し訳ない。お初にお目にかかるが、アーク・ルーンよりこの地を任されているチャベンナと申します。以後、お見知り置きを。とりあえず、そこにお座りください」
多忙な業務の間に、元ロペスの国務大臣の執務室、今は自分の仕事場に元王女を通すと、丁寧に一礼してソファーに座るように勧める。
「いえ、こちらこそ、この度は父が迷惑をかけ、手を煩わしたこと、心苦しく思っております」
答えながらティリエランが勧めに応じてから、チャベンナは向かい合うようにソファーに腰を下ろす。
「チャベンナ殿が忙しき身とお見受けしますので、早々に父の件についてうかがいたいと思いますが、まずはこれに目を通していただけませんか」
ティリエランが差し出したのは、ロペス子爵を減刑する旨を記した書状である。
書状を受け取り、目を通したロペス代国官は、
「なるほど。陛下、もとい、子爵閣下の罪を軽くするように書いてある。ただ、それを私に示しても無意味です。あっ、誤解しないでいただきたい。子爵閣下の裁きはトイラック殿の担当になったのです。形式的には皇太子殿下が裁きを下すことになりますが」
チャベンナは平民だが、ロペス領を統括する立場ゆえ、ロペス子爵の裁きはロペス代国官の担当になるのが本来のやり方だ。
ロペス子爵の不正を毅然と告発していたならば、チャベンナに処罰を委ねられただろうが、旧主に対する遠慮が見られる以上、不適当と判断されるのもやむ得ないというもの。
魔法帝国アーク・ルーンの東域は近々、東方太守として赴任する皇太子によって統括される。正確には、東方太守の秘書官となるトイラックが、東域の行政、軍事、経済、そして司法を統べるので、ロペス子爵の件もトイラックの方に回ることになったのだが、
「子爵閣下の処分は東方太守の赴任された後のことになり、それまでは心苦しいのですが、牢にいてもらわねばなりません。ただ、他の方々は近日中に処刑が執行される予定です」
不正に荷担した面々の中には、ティリエランの親族が何人か含まれるが、それに異を唱えられるものではない。
また、判決が下るまで父が投獄される点も同様である。
アーク・ルーンの法の厳しさを思えば、ロペス子爵が、父が処刑されてもおかしくないのだ。チャベンナは元ロペスの民としてロペス王家を敬う心は持っているが、それだけだ。期待できるのは好意と多少の便宜だけで、全てをなげうって元ロペス王を助けてくれるわけではない。
元ロペス王が処刑されずにすんでいるのは、メドリオーの口添えのおかげだ。
彼女もアーク・ルーンに敗れて降り、辛酸を舐めた身だ。多少は学習しており、ここで逆らっても無駄どころか、ヘタにこじれさせるのはマズイというくらいは理解している。
調子に乗った父の自業自得、牢で頭を冷やした方がいいと自分を納得させつつも、
「わかりました。ただ、父と面会さしてもらうことはできないでしょうか?」
「……わかりました。それくらいは何とかしましょう」
少し迷い、考え込んでから、チャベンナは多少の便宜を計ることを了承した。




