帝都編54
密葬。
公にできない葬儀ゆえ、故人の地位、オクスタン侯爵を弔う儀式としては、その規模は小さく、ひっそりとしたものとなった。
侯爵のような大貴族の葬儀となれば、参列者は数百人、時に千人を越す、おかしな表現になるが、大々的なものとなるのが一般的だ。
しかし、オクスタン侯爵、正確には今は無きオクスタン侯爵家の当主だったラインザードの葬儀に参列しているのは、ロストゥル、フュリー、ネドイル、ヴァンフォール、ベダイル、フレオールなどの近しい親族と、スタングのようなかなり近しい一部の部下、後はサリッサのようなわずかな例外で、その総数は百に満たない。
オクスタン侯爵家と縁戚関係にあっても遠縁に当たる貴族には訃報を密かに伝えるだけに留め、スタングのような親族でない者は当人のみの参列で妻子を伴っていないから、この程度の数となってしまったのだ。
歴代のオクスタン侯爵の葬儀と違い、皇族や大臣、将軍、さらに元上官のメドリオーや元同僚のザジールらも密葬ということもあって、葬儀の場にはいない。当然、ベダイルはリナルティエなどを、フレオールもシィルエールらを伴っていないのは言うまでもないだろう。加えて、ネドイルとヴァンフォールも大宰相、大臣としてではなく、故人の兄弟としての参列である。
狩猟の際に起きたネドイルの暗殺未遂という大事件の方は、何事なく処理された。ネドイル自身には何事もなかったし、急報を受けたベルギアットが密偵を動員して、大イノシシの飼い主たちを拘束したからだ。
これだけなら、ネドイルがこれまで潜り抜けた暗殺未遂事件の一つとして終わったが、問題は大イノシシが大宰相ドライバーで仕留めた後に起こった。
ネドイルが崖の下にいる間の、ヴァンフォールの指示やメドリオーの対応に問題があったわけではないのだが、盲点はあった。
ヴァンフォールの指示で場の混乱はおさまっていき、メドリオーも皇帝や大臣らの側を中心に兵を動かしたのが悪い方に働き、叔父の指示で混乱状態から脱したフレイザードは、兵の配置に偏りができたのに気づくと、この場の誰もが手にしている弓矢でヴェンを射殺そうとしたのだ。
自らの手で裁きを下そうとしたフレイザードの凶行に、最も早く気づいたベッグは、父親を庇って射線上に飛び出し、自らの体と命で父親を守った。
フレイザードの凶行はすぐに周囲に伝わり、メドリオーの指示でティリエランと数人の兵士によって、二の矢を放つ前に取り押さえられたが、急所に矢の刺さったベッグは完全に即死であり、駆けつけた皇帝の侍医も首を左右に振った。
息子の凶行を聞いたラインザードは、拘束されているフレイザードとの対面を願って叶えられたが、この時、ネドイルやメドリオーが総出で、最後の息子を失ったヴェンのフォローしていたことが更なる凶事を生じさせた。
数人の兵が立ち合い、拘束された息子と対面したラインザードは、抗弁のために口を開こうとしたフレイザードを、有無を言わせずに斬って捨てると、驚く兵たちの前で自害して果てた。
自殺の原因は明らかであり、ラインザードは自らの命で息子たちの不始末を償ったのだろうが、アーク・ルーンの、つまりネドイルたちはオクスタン侯爵家の取り潰しを正式に決定し、死者をさらにムチ打つ裁定を下した。
ラインザードの次男は生きているが、彼の相続を認められるほど、彼の兄と弟のしでかした不始末は甘いものではないのだ。
息子の不始末による自害と歴史あるオクスタン侯爵位の廃止、その不名誉な終わり方ゆえ、ラインザードは密葬、フレイザードはさらに内々で弔わねばならず、ヴァイルザードに至っては弔うことさえ許されない。
そうした経緯の元の密葬ゆえ、参列者の表情には悲哀の色の中に苦々しいものが混ざっているのだ。
そして、参列者が浮かべる苦々しさの中には、参列者の中に喪服をまとったヴェンがいる点も含まれているだろう。
密葬ゆえに故人と縁の薄い者、トイラックさえはばかった場に縁よりも怨恨の方が強いヴェンが参列しているのは、当人がそれを強く求めたからである。
オクスタン侯爵家、引いてはアーク・ルーンの失政のツケを被る形で、息子をすべて失ったヴェンの頼みとなれば、多少の無理も聞かねばならない。
ただ、ネドイルやロストゥルなどはヴェンに対してすまなさそうにしているが、親族の多くやスタングなどはヴェンを目にするや苦い顔をしている。
普段なら、無能な者にはとことん無神経な一方、優れた人材にはとことん気を遣うネドイルだが、さすがにすぐ下の異母弟の死がショックだったか、意気消沈している大宰相に、
「……閣下。私が申し上げて良いのかわかりませんが、それでもラインザード様のこと、お悔やみ申し上げます」
喪服に身を包んだヴェンが頭を下げる。
「いや、冥福を祈るべきは、そなたの息子、いや、息子たちの方だ。弟は自らの過ちで命を失ったようなものだが、そなたの息子たちは我らの過ちで死なせてしまった。それはわかっているのだが、自分でも思ったよりライの死がショックなようだ」
自分でも答える声に元気のない自覚のあるネドイルは、この堂々たる独裁者らしくない疲れた顔を見せている。
「私も息子たちだけではなく、多くの戦友を失いました。大宰相閣下の心中、察しているつもりです。ですが、我らは生きております。ゆえに、ネドイル閣下にもう一つ、このような場でありますが、お願いしたきことがあります」
「甥や弟の亡き今、貴殿に対する償いは、身内の一人であるオレの責務だ。何でも言ってくれ」
「では、お言葉に甘えまして、閣下たちは心得ていることかも知れませんが、敢えて述べさせてもらいます。我らの起こした反乱はあくまでイレギュラー。これを機に、貴族の自治に干渉、規制をしないでいただきたい」
「何と。それを望むか」
干渉、規制して欲しい、ではない望みに、ネドイルは虚を突かれ、目を見開くが、すぐにその意図を察して感銘を受ける。
「ネドイル閣下のおかげで、領主の横暴は一昔前とは比べるべくもありませんが、それでもまったく無くなったわけではありません。平民が多少、我慢して、うまくいっている所はいくらでもあります。ただ、この我慢はあくまで我ら平民の視点でしかありません」
ヴェンが危惧するのは、トイラックがいない今、アーク・ルーンの閣僚が全員、貴族であることだ。
ネドイルたちが貴族だから、領主の横暴を容認するという心配してのことではない。逆に、平民に肩入れしすぎて、領主の些細な欠点を責めて無用に追い詰めることが、ヴェンに危惧するところである。
アーク・ルーンは大規模な内乱を経て、悪辣な貴族や領主はかなりいなくなった。無論、領民想いな領主ばかりではないが、ネドイルの目を気にして横暴さをひかえる領主が増えたので、魔法帝国アーク・ルーンの内が安定しているのだ。
貴族と平民では、視点や感覚が異なる。貴族の当たり前が平民の迷惑であることなど珍しくもない。ただし、そうした差異はだいぶ是正されており、これ以上は貴族が平民の顔色をうかがうという極端なものとなりかねない。
貴族を抑える一方で、平民にも不公平を呑み込ませねば、現実的にうまくいかない。ヴァイルザードのことはあくまで極端な一例とせず、さらに貴族を締めつけようとすれば、貴族の側は不満を募らせるだけではなく、平民の側も調子に乗らせて、かえって平地に乱を起こす事態を招くだろう。
この辺りのバランス感覚がネドイルたちにないとは思っていないが、トイラックのような平民的な視点を欠くところに、オクスタン侯爵領での反乱に過剰反応すれば、極端な施政を取りかねないとヴェンは危惧したのである。
「我らは大仰な言い方をすれば、国の間違いを正すために戦いました。例え死んでも間違いが正されたならば本望であります。ですが、我らの戦いが新たな間違いとなるならば、死んでも死に切れず、私も死んでいった者たちに顔向けができません」
「もっともな主張だ。オレ、いや、我らがせっかく正してくれた間違い、これを無駄にせぬように努めさせてもらう。よく言ってくれた、ヴェン。そして、オレも貴殿を見習わせてもらおう」
その優れた見解のみならず、死者の想いを無駄にせぬ姿勢に、大宰相は深々と頭を垂れた。
帝都編はこれにて終了。次から南方編が始まります。




