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帝都編53

先史文明については、次の南方編でジョジョに明かしていく予定です。先史文明の遺産を保有するレミネイラが登場しますので。

「おっ、フレオールか。酷いと思わんか、この肉質。煮ても焼いても食いたくない味にしかならんぞ」


 ゆうに百メートル以上はある崖から落ちた大宰相は、あろうことか刺客の品評をしていた。


 息が乱れるほど走りに走り、この場に急行しているであろう兵士たちに先んじたフレオール、フォーリス、シィルエール、ミリアーナが目にしたのは、五体満足なネドイルと、巨体の前半分が地面に埋まっている大イノシシの姿であった。


「おかしくない、これ?」


 耳打ちするミリアーナの疑念は、フレオールにも理解できる。


 ネドイルが助かったこと自体は不思議なものではない。魔法を使った、それで説明がつく。


 大イノシシが死んでいることも不思議ではない。あの高さから落ちれば、魔獣とて助かるわけがない。ただ、ミリアーナが不自然に感じたのは、その巨体が地面に突き刺さっていることだ。


 頭から例え垂直に落ちたとしても、地面と激突した衝撃で頭部から上半身がぐしゃぐしゃになった死体が転がるはずだ。


 いかに落下の勢いが強くとも、地面に埋まるというのは物理的にあり得ない。仮に、大イノシシの肉体が異様に硬かったとしても、地面はクレーター状にえぐれているはずである。


 物理的にこのような状態になるのは、頭から垂直に落ちただけではなく、地面に激突した瞬間に生じる力を拡散させぬようにした場合のみだ。


 もっとも、大イノシシが死にネドイルが無事なのだから、さほど気にする必要がない疑問であり、追求や解明せずとも問題はないのだが、


「大兄、無事か?」


「無事も何も、崖から落ちただけだぞ。少し目を凝らせば、どう動けば助かるかわかる程度のもんじゃないか」


 無論、それで助かるのは、心眼を体得している者だけだ。


「ちょっと待ってくれ。まさか、魔法を使って着地していないのか?」


「おいおい、そんなことをしていたら、空中で体勢を変えられんだろう。オレがこいつに大宰相ドライバーをかましたことなぞ、一目でわかるだろうが」


「なんだよ、大宰相ドライバーって……」


「オレの必殺技の一つよ。まっ、先史文明の文献に載っていたものを真似ただけだがな。相手の両腕を踏みつけ、足首をつかんだ体勢で落下する。威力は見ての通りよ」


 落ちた際の衝撃をそうして抑え、コントロールした結果が、大イノシシの不自然な死体なのは理解できたが、


「けど、それって、技をかけた方もタダですまないんじゃない?」


 ミリアーナの口にするのは、当然の疑問、当然の物理法則だ。


 武器を叩きつけた際、その衝撃は反動という形で、持ち手に返ってくる。普通に武器で強打しただけで、手に痺れが走るのだ。密着状態であったのだから、下になっていた大イノシシの肉体越しに落下の衝撃を受けるはずなのだが、


「そんなもの、衝撃の伝導がこっちに来る寸前、離れればいいだけだろうが」


 つまり、百メートル以上もある崖から落ちながら、不安定な宙空で体勢を整え、大イノシシに技をかけて落下し、落下の瞬間に生じる衝撃が拡散しないよううまくコントロールしてのけつつ、激突の反動が伝わる刹那を見切って技を解いた、ということになる。


 完全に神業の領域であり、


「もう、この人、将軍クラスの悪魔にも勝てるんじゃないかな」


 武人としてはるかな高みにある異母兄の所業に、フレオールは嘆息するしかなかった。


「とにかく、上はえらい騒ぎになっている。何ともないなら、大兄、皆のところに戻ってくれ」


「ああ、そうだな」


 うなずいたネドイルは跳び、フレオールたちは瞠目する。


 切り立った崖の壁面に、跳躍したネドイルは立っているからだ。


 正確には、崖の壁面に多少の出っ張りがあり、そこに爪先を引っかけた状態で立っているのであるが、普通なら人の体重がかかれば崩れる出っ張りに立てるのは、ひとえに心眼によって出っ張りに負荷がかからない点と体勢を見極めているからだろう。


 あろうことか、ネドイルはその状態で跳び、さらに跳ぶ。


「何をしている? ついて来ぬか」


 崖の側にある道を上がるより崖の壁面を登る方が、直線距離としては短い。


 だが、心眼を体得していない者に、崖の壁面を跳び上がって行くという離れ技ができるものではない。


 フレオールは再び嘆息しつつ、シィルエールと共に浮遊の魔法を使い、ミリアーナとフォーリスを抱え、ネドイルに続き、崖の上にてそれを目にすることになる。


 矢が突き刺さったベッグの遺体を。


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