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帝都編52

「無用に騒ぐな! 崖から落ちたところで、魔法を使えば、充分に助かる! 急ぎ、崖の下に兵を向かわせよ! それと皇宮にいるトイラックやヤギル殿にこの事を伝えよ!」


 フレオールが現場に駆けつけた時には、一足先に到着したヴァンフォールによって、混乱の収拾が計られていた。


 現場の崖はかなり深いものの、ヴァンフォールが叫ぶとおり、浮遊なり飛翔なりの術を用いれば、たしかに死ぬことはない。崖下がここからは見えないほどなのだが、だからこそ落ちるまでの時間を思えば、魔法を行使することは可能だ。


 狩猟の参加者はアーク・ルーンの皇族貴族、魔術師が多いので、ヴァンフォールの呼びかけは絶大な効果を発揮し、騒然としていた人々は次第に落ち着きを取り戻していく。加えて、イライセン、ベフナム、ファリファースなども泰然とした態度でおり、そうした姿も無用な混乱を抑える効果をもたらしている。


 ネドイルの生死が不明なわりには、沈静化に向かっている現場に到着したフレオールは、


「女の半数を残し、至急、下に行ってくれ」


「わかったが、その前に何があったんだ?」


 ヴァンフォールの指示にうなずきつつも、さすがに何も聞かずに急行はできない。


「イノシシが襲いかかって来て、閣下は小官を庇われたがゆえ、共に崖から落ちられました」


 簡潔にそう説明したのは、やや青ざめた顔のメドリオーであった。


 突如、現れ、突進して来た大イノシシに対して、メドリオーは大宰相を庇うように前に出たが、そのネドイルが老将を突き飛ばしたため、かわすことができずに大イノシシともつれ合って崖から落ちた、という細かく説明されずとも、フレオールは四つ上の異母兄の意図を理解した。


 襲いかかって来たイノシシが自然のものなら、まだいい。だが、何者かの陰謀のために用意した刺客であるなら、イノシシの他に二の矢、三の矢を用意している可能性がある。


 崖の下に急行させた兵の中に裏切り者がいれば、ネドイルの命は再び危うくなる。だから、フレオールを向かわせるのだが、元王女たちの半数をこの場に留めるのは、裏切り者がこの場に残っている場合も想定してのことだ。


 加えて、皇宮のトイラックやヤギルに急いで報せるのは、陰謀の主犯がこの場にいないケースへの対応である。


 そこまで読み取ったフレオールに、ヴァンフォールの指示に対して異とするところはない。信用できるシィルエールとミリアーナ、最も信用できないフォーリスを連れ、イリアッシュ、ティリエラン、ナターシャはこの場に残して、崖の下に向かって駆け出す。


 フレオールらが駆け出した頃には、メドリオーが護衛の兵士たち、さらにティリエランらを指揮して、周囲の警戒と要人の警護に着手していた。


 万事にそつのないメドリオーである。その警戒網はあらゆる不測の事態に対応できるものでは、残念ながらなかった。


 老将の心理的な死角を突いて放たれた一本の矢が、この日、最大の悲劇を、そしてオクスタン侯爵家に更なる悲劇ももたらした。


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