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帝都編46

 領主の館の前に集まった領民たちの喜びの声の大きさと、投じられる石の数が全てを物語っていた。


 オクスタン侯爵領におけるオクスタン侯爵家の居城のあるケペニッツ。その領主の館の前には、領主代行ヴァイルザードとその下で悪事を専らとしていた者十四名の生首が並び、その隣には武器と鎧を取り上げられたラインザードが鎖につなげられていた。


 領主の館の前に押し寄せた群衆は歓声や罵声を上げるのみならず、投石すら行っているのは、それだけヴァイルザードの暴政に苦しめられた証左と言えるだろう。


 領主の館の前には、十人ほどのアーク・ルーン兵が立っているが、彼らは領民が館の中に入らぬ限り、投石の一部がラインザードに当たろうが、領民の行為を黙認していた。


 そうするよう、メドリオーから命じられているのだ。


 レイラに乗って領主の館を訪れたメドリオーは、同乗していたアーシェア、イリアッシュ、ティリエランに対して、有無を言わせずに出迎えに出たヴァイルザードを討たせた。


 当然、領主代行に同行していた父親や側近ら、護衛の兵士は驚き、愕然としている彼らに、メドリオーは三人の女子をけしかけた。


 ラインザードがいかに強くとも、アーシェアには劣るし、驚いて本来の実力も出せぬのもあって、双槍の前にあっさりと下された。


 無論、護衛の兵士たちがイリアッシュやティリエランに蹴散らされたのは言うまでもない。


 こうして三人の娘と一頭のメスの武力を背景に、戸惑うケペニッツ城を掌握したメドリオーは、さらに悪名高い悪徳官吏十四名を討ち、無実の罪で投獄されていた者たちを解放し、自分の行った処置をケペニッツ城市の領民たちに布告するのみならず、ヴェンの知己である役人を通じて反乱軍にも伝えた。


 もちろん、ヴェンの友人の言葉であろうが、反乱軍もそれを鵜呑みすることはなかった。反乱軍を油断させるため、家族でも人質にとって虚言を伝えさせている可能性もある。ヴァイルザードならそれくらいやりかねない。


 もっとも、それくらいの猜疑はメドリオーも予想しており、


「ケペニッツに来て、事の真偽を確かめられよ」


 こうして数人の反徒が何度かケペニッツ城市を往来して、真実を反乱軍に伝えたので、最後にはベッグが父親の名代としてメドリオーと対面した。


 一時ほどであったが、メドリオーと話し込んだベッグは、


「あの人こそ最高の名将だ」


 その人柄に惚れ込み、アーク・ルーンの元帥を絶賛するようになった。


 これで反乱軍はケペニッツ城市の包囲を解き、二千のアーク・ルーン軍と合流したメドリオーは、次なる一手を打った。


 ケペニッツ城市にあるオクスタン侯爵家の資産の内、半分をアーク・ルーン兵に恩賞として渡したが、もう半分をヴェンの元に送り、


「故郷に戻る者の路銀にでも使ってもらいたい」


 ケペニッツ城市の郊外に反乱軍はまだ野営しているが、反徒にもはや戦意はなく、メドリオーから渡された金銭の分配が終われば、それを路銀に彼らは領民へと戻っていくだろう。


 これらメドリオーの采配でオクスタン侯爵領はおさまっていくが、オクスタン侯爵家に仕える者たちは主家をないがしろにされ、怒りを見せる家臣もいるものの、そちらにもすでに手を打っている。


 領主の館の一室にフレオールを軟禁しているのだ。


 ブリガンディ男爵家の当主とはいえ、ラインザードの同母弟であるフレオールは、オクスタン侯爵家の生まれである。


 その血縁関係を思えば、不満を募らせたオクスタン侯爵家の家臣らがフレオールを頼るのは目に見えているので、反発の中心となると目された若者は、軟禁されている部屋から、甥の生首や鎖につながれた兄が石を投げつけられる光景を、ただ見下ろすことしかできない身にされた。


 もっとも、ヘタすれば自分も鎖につながれて投石の的にされかねなかったことを思えば、フレオールもおとなしくメドリオーの処置を受容するしかないし、軟禁する側もそれなりの配慮をしてくれている。


 部屋の前にティリエランやイリアッシュなどを配置して、強行突破に備えている一方、軟禁されている部屋はヴァイルザードが使用していたものなので、室内もベッドも豪華で広い。


 加えて、フレオールは外に出られない一方、オクスタン侯爵家の家臣以外がフレオールの元に訪れるのは禁止していないので、その側にはシィルエールとミリアーナが張りついている。べったりとくっつくことはなくなったとはいえ、二人が側にいたがる傾向は変わることはなかった。


 なので、内心、悪いことをしていると思っているメドリオーが、多忙な中、フレオールの様子を見に来る際は、事前にどれくらいの時刻に行くかを告げてから訪れるようにしている。


 ぶっちゃけ、情事の最中に訪ねようものなら、双方が気まずい思いをするからである。


「引き続き、不便な思いをさせて、すまない。これも反乱を鎮めるためと思ってもらえれば幸いだ」


 その日もエイロフォーンを伴い、指定の時刻に様子を見に来たメドリオーは、故ヴァイルザードの私室で対面するフレオールに頭を下げる。


「まあ、オレもオクスタン侯爵家の生まれだからな。領民を刺激しないためにも、これが必要な処置なのは理解している。むしろ、ライ兄と同じ目にあっていないだけでも感謝すべきだろうからな。あのバカがやって来たことを思えば」


 フレオールが吐き捨てる「あのバカ」とは、言うまでもなくヴァイルザードのことである。


 元々、フレオールは甥の一人であるヴァイルザードのことを高く評価していたわけではないが、現地で聞き取り調査を行うと、その悪事の数々にフレオールやラインザードはこれ以上なく苦い思いを抱いた。


 アーク・ルーンの法をかんがみれば、オクスタン侯爵家は断絶されてもおかしくなく、フレオールもネドイルも身内の不始末に何らかの責を負わねばならないというのは、上の者の見方である。


 下の者は、大宰相ネドイルの生家たるオクスタン侯爵家に逆らうのは、アーク・ルーンを敵に回すのも同然と短絡的に考えている節があり、今回の反乱がここまで大事になった一因は、オクスタン侯爵家に逆らうのは大宰相に逆らうのと同義と考え、領民が耐えられる限界まで耐えてしまったという背景がある。


 メドリオーがラインザードを鎖でつなぎ、フレオールを軟禁しているのも、ヴァイルザードの罪に連座させてというより、オクスタン侯爵家の、ひいてはネドイルの権威に萎縮している領民を鎮憮するためのパフォーマンスとしての意味あいが強い。


 民の心理に配慮しての処置ゆえ、フレオールはこの軟禁状態に不満をもらす気はないが、


「しかし、ラインザードはなぜ、ヴェン殿と戦ったのか。息子を捕らえておれば、このような大事にならなかったというのに」


 メドリオーの方は元部下の采配ミスに、大いに不満をもらす。


「反乱を叩くのではなく、反乱の原因を正すことが真の解決ではないか。さすれば、戦わずに反乱を鎮圧できたというのに、無用な戦を起こし、一万以上の兵を失うとは……かつてのシュライナーといい、なぜ、戦わずにすむ方法があるのに戦うのか」


 このグチこそが、メドリオーの堅実な戦い方の根底にあるものなのだろう。


 反乱の討伐に赴き、反乱軍と戦わずに解決を計る。本末転倒のように見えるが、今回の反乱における非はアーク・ルーン側にあり、またその非を正すこともアーク・ルーンの政治姿勢に反するものではない。


 何より、反徒はアーク・ルーンの民なのだ。反乱軍と戦うということは、アーク・ルーンの兵と民が戦うことであり、血が流れるほどアーク・ルーンは兵や民を失うことになる。


 だから、メドリオーが苦言したように、ヴァイルザードと数名の諸悪の根源を何とかし、兵を戦わせずに反徒を民に戻すのが、最善の解決策だろう。


 シュライナーの敗北に言及した点についても、ヴェンが難敵ゆえに直に戦うのを避けたメドリオーからすれば、サムと戦って勝つよりも戦わずに勝つ方法を考えるべきではないか。


 サムの指揮能力がいかに高くとも、義勇軍の組織力は脆弱なのだから、搦め手から攻める方が安全、という視点が持てるのが、メドリオーの凄みなのだろう。


 ただ、これはシュライナーやラインザードの視野が狭いのではなく、メドリオーの視点や思考が純然たる軍人の枠を越えているだけなのだが、だからこそ元帥の地位にあると言える。


 フレオールが生まれるより前にネドイルの元で戦い続け、ネドイルが生まれた頃に初陣を迎えた老将は、再び頭を下げ、


「ともあれ、今のご不便、もう少し我慢してくだされ。そろそろ、最後の掃除に取りかかれますゆえ。それが終われば、今回の反乱、ようやく一段落しますので」


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